2019.09.27

【インタビュー】『社畜さんと家出少女』タツノコッソ「苦しい生活の中にも必ず希望はある」

とかくにこの世は生きづらい。会社で激務に追われるナルと、家での居場所をなくしたユキ『社畜さんと家出少女』のふたりは、都会の片隅で肩を寄せ合って暮らしている。

間違った関係かもしれない。けれど、大切な人と過ごすこの時間のあたたかさだけは嘘じゃない。


制服+エプロン女子高生の破壊力

コミスペ!は今回、単行本1巻の発売を記念して作者のタツノコッソ先生にインタビューを実施。本作の誕生経緯や、「社畜」「家出」というセンシティブな題材を扱う上での心構えなどをお伺いしてきました。

(取材・文:ましろ/編集:八木光平

「連載化は無理だ」という気持ちから偶然生まれた第1話のラストシーン

──本日はインタビューをお受けいただきありがとうございます。いきなり個人的な質問なのですが、ペンネームの由来はなんですか?

タツノコッソ先生(以下、タツノコッソ):クラレのミラバケッソのCMが放送されていたころ、ガチャガチャでタツノオトシゴのストラップをゲットして、その子に「タツノコッソ」と名前をつけてかわいがっていました。文字も語感もよかったので、ペンネームとしてずっと使っています。

──冬になると、Twitterの名前が「コタツノコッソ」に変わるのもひそかに毎年楽しみにしていました(笑)。

タツノコッソ:ありがとうございます(笑)。あれは、フォロワーさんと話していたときに思いついたネタです。

──それではあらためて、『社畜さんと家出少女』の制作経緯から順番にお聞かせください。

タツノコッソ:一昨年の冬コミ前に、担当さんからpixiv経由でメッセージをいただいたのが最初のきっかけです。あのときは、1ヶ月くらいメッセージが来ているのに気づかず申し訳ありませんでした……。

担当編集:いえいえ。タツノコッソ先生のことは以前から知っていましたし、最近の同人誌もますます面白くなっていたので、そろそろ声をかけてみようというタイミングでした

──いつ、きららに誘おうかチャンスを伺っていたわけですね。

担当編集:はい。商業では仕事をしないという作家さんもいますけど、タツノコッソ先生は「コミック百合姫」(一迅社)で何度か読み切りも描かれていたのでいけるんじゃないかなと。

タツノコッソ:いつかはプロのマンガ家になりたいと思っていましたが、私の実力では無理なんだろうなと思っていた時期でもありました。特にきららは、もっと絵のうまい方がたくさんいるので……。ただ、せっかく声をかけていただけたからには挑戦してみようという気持ちでした。

──オファーを受けたのが2017年の冬で、『社畜さんと家出少女』のゲスト第1話が掲載されたのは「まんがタイムきららMAX」2018年9月号ですが、この半年間はどんな物語を描くか打ち合わせを重ねていたんでしょうか。

タツノコッソ会社員の女性と家出中の女子高生の同棲もので行きましょうという方向性は、最初の打ち合わせのときにほぼ決まりました。

ナルさんの社畜要素は、実際に見た光景が元になっています。駅前や電車の中で、会社帰りのサラリーマンの方が缶チューハイを飲みながら遠い目をしているのを何度か目撃して。「がんばってください……っ!」と心の中で応援しつつ、いつかはマンガにしたいなと思ってました。


はやくおうち

担当編集:ちょうどストロングゼロ文学(編集部注:ネット上に突如現れた、高アルコール商材・ストロングゼロを題材にした文化的でエモーショナルな文章のこと)というネタが流行っていた時期でしたし、時流にうまく乗れそうな感覚はありましたね。

タツノコッソ:ただ、そこからが長かった……。設定は決まったので第1話のネームを考え始めたんですけど、キャラが全然動いてくれないんです。描いてても楽しくないし、そんな話を読まされる人はもっとつまらないだろうし、本当に地獄でした。

担当編集:けれどあのときも、心が折れずにネームを出し続けていたのが素晴らしかったです。打ち合わせ中も話しながら常に何か描かれていて、8年くらい編集をしていますがそんな作家さんは初めてでした。

タツノコッソ描きながらのほうが頭の中が整理できるんです。

──そうした苦労の末に第1話が生まれたわけですね。読者からの反響はいかがでしたか?

タツノコッソ:Twitterで直接感想を伝えてくださる方もいてすごく嬉しかったんですけど、どこかで「連載化は無理だな」と思ってしまっていました。

第1話のラストシーンで吹き出しや背景がぐにゃぐにゃしているのも、こんな描き方をしていいのか迷ったものの、どうせこれで終わりなんだから自分の直感を信じて描いてみようと。結果として、不安に押しつぶされそうになるふたりの心情が表れている効果的な演出になったと思います。


ギリギリのところで生きているふたり

担当編集:むしろ、タツノコッソ先生には最初から連載してもらうくらいのつもりでオファーしてましたよ。第1話の読者アンケートの結果も非常によかったですし。

タツノコッソ:あまり卑下しすぎるのは、担当さんにも読者さんにも失礼だと分かってるんですけど……。雑誌に載ったとか、連載になったとかはスタート地点でしかないので、この喜びはもっと嬉しいことがあったときまで取っておこうという気持ちだったんだと思います。

苦しい生活の中にも希望はあるし、幸せな生活の中にも闇は訪れる

タツノコッソ:今日はインタビューしていただけるということで、初期の設定資料を持ってきました。これがナルさんの最初のデザイン案です。

──今とはだいぶ雰囲気が違いますね。

タツノコッソザ・きららの主人公みたいな、ほわほわした子をイメージしていたんですけど、「あまりつらい思いをしていなそう」と担当さんに言われてしまいました。もっとせちがら感、社会の歯車感を出そうと考え直したのが次の案で。

──今度はつらくなりすぎてしまった。

タツノコッソ:案の定、反応がよくなかったです(笑)。最終的に、ふたつの案を足した上でもう少しお姉さんっぽくしてみて、現在のナルさんになりました。ユキちゃんは、最初からほぼイメージ通りですね。

──性格面はいかがですか? ナルさんはいわゆる「社畜」のキャラクターですが、先生の実体験が反映されていたりするのでしょうか。

タツノコッソ:ナルさんもそうですし、ユキちゃんの設定も、これまでの私の人生から取っている部分があります。具体的にどこがというのは、暗い話題になってしまうのでちょっと話しづらいのですが……。

──ご自身の体験が元になっているところもあるけれど、あくまでマンガとして楽しんでほしいと。

タツノコッソ:はい。「社畜」に「家出少女」という、きららの作品にしてはわりと重い設定なんですけど、苦しい生活の中にも希望はあると私は信じていますし、逆に幸せな生活の中にもふと闇は襲ってくるかもしれない。明日何が起こるか分からないけど、分からないからこそ今日を精一杯生きる、そういった日常を描きたいんだと思います。


「おかえり」と言ってくれる人がいるあたたかさ

──第5話から登場するミユちゃんは、どのタイミングで出すことが決まったのでしょうか。

タツノコッソ:ユキちゃんにも友達はいるはずだよねということは前から考えていて、連載が決まってから本格的にキャラを作り始めました。ミユちゃんを出すときはすごく心配で、雑誌に載るまで眠れない夜を過ごしました。

──心配というのは、どの辺りが。

タツノコッソ:ふたりの世界を邪魔するようなキャラを登場させて、読者さんに受け入れてもらえるだろうかみたいなところですね。かといって、ただ出しただけにはしたくないし。キャラクターは自分の子どものようなものだと思っているので、出すからにはちゃんと見せ場を作ってあげたかったんです。

──たしかに。ミユちゃんが登場したときは一気に修羅場ルートになるのかとハラハラしましたが、ちゃんといい子で安心しました。

タツノコッソ:ありがとうございます。初期案では普通にふわふわした子だったんですけど、ユキちゃんの事情を何も知らないのがかわいそうな気がしたんです。だけど、ナルさんに嫉妬する子にしたら逆にかわいげがなくなるし。どうせならこの状況を楽しんでる子にしようと、ああいう性格になりました。


ユキの友達のミユ

見た目も最初は目と髪が真っ黒だったのを、担当さんに「全部真っ黒だとやべーやつに見えますよ」と言われたので、目は明るくして前髪の部分にもハイライトを入れました。めちゃくちゃかわいい子が描けた! と私は思ってたんですけどね……そうか、やばく見えるのかと(笑)。

「このタイトル社会的に大丈夫かな」と不安だったNEXT

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