2019.10.19
「泊まると死なない」宿屋にたどり着いた冒険者達に待つ修行とは…!?『セーブ&ロードのできる宿屋さん 〜カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです〜』稲荷竜, 竹内じゅんや, 加藤いつわ【おすすめ漫画】
『セーブ&ロードのできる宿屋さん 〜カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです〜』
本日のピックアップは、フィクションにおいてお馴染みの「修行」をおもしろいアプローチで料理したファンタジー作品。
「小説家になろう」投稿のWeb版から商業書籍化された同名の小説を原作に、集英社「ダッシュエックス文庫」のコミカライズその他を配信している「水曜日はまったりダッシュエックスコミックス」で連載中の『セーブ&ロードのできる宿屋さん 〜カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです〜』である。
主な舞台は、とある西洋風都市の片隅にあるこじんまりした宿屋。そこは冒険者たちの間でひそかな噂になっている場所だ。いわく、「泊まると死なない」のだという。
その宿に、ひとりの女性剣士が現れる。名前はロレッタ。彼女は命をかけてもなしとげたい、強い目的を抱えていた。貴族のお家事情にからんで、とある危険なダンジョンを制覇する必要があるのだ。しかし実力が足りない彼女はゲン担ぎでもすがりたいと思い、くだんの宿屋を訪ねたのである。
ロレッタを迎えた宿の主人は、まだ年若く、それでいて不思議と達観した物腰の青年だった。「泊まると死なない」という噂について尋ねられた主人は、言い回しを訂正する。
「死なないわけじゃ、ありません」「『死ぬけど、なかったことになる』ですかね」
そして彼の口からは、“セーブポイント”という聞きなれない単語が出てくる。意味不明なまま勧められて“セーブ”という行動をするロレッタ。その後、とてつもない強さをもちながら冒険を引退した主人に、直々の修行をつけてもらえることになったのだが……。
組み手では超パワーのパンチで腹を貫通され、絶命!
体力ステータスを上げるために限界を越える大量の食べ物を詰め込み、喉と胃袋がパンクして絶命!
剣も鎧もない丸腰でモンスターひしめくダンジョンに放り込まれて、絶命!
死ぬ、死ぬ、死ぬ! 例えではなく本当に死ぬ、地獄の鍛錬がこれでもかこれでもかと課せられる!
だが主人の言うとおり、ロレッタは死ぬたびに“セーブ”の効果で“ロード”され、修行の成果を持ち越してこの世に戻ってくる。たしかにこれなら短期間でめちゃくちゃ強くなれるだろう、だろうけども。いくらなんでもキツすぎる〜! たすけてお母さーん!!
……というのが本作の大枠だ。
身体や心を鍛える、あるいは技を磨く。そのために必要なのは、鍛えたいところに一定度の負荷をかけてそれを反復すること。筋トレでいえば、運動によっていったん筋肉の組織が壊れてから治ることで前よりも強くなる、いわゆる「超回復」の道理である。
ただし、追い込みすぎてケガをしたり事故死なんてしたら意味がない。だから安全を保ちつつキツくする、という匙加減が大事になるわけだ。ジムで素人にトレーナーがつく理由のひとつはそこにある。
だがしかし。もしも、その安全への配慮が必要なかったら? 例えではなく本当に“死ぬほど”心身を追い込んでも大丈夫だったら、どんな修行が可能でどんな成果を上げられるか? そういう、現実にはありえないIFをファンタジーに盛り込んだ仕立てになっているわけだ。
かつて、ゲーム悪玉論のなかでPRGの復活システムなどを指して、生死の尊厳に対して感覚がにぶくなるから教育に悪い、みたいな批判があった。本作はそういう倫理の矛先をうまいこと逆手にとって、ゲーム的な死をひとつの自覚的な作業としてハックする趣向をつきつめてあるのが面白みだ。
さらに、本作のギミックの基盤は現代地球人の異世界転生だが、それを向こう側に置いて異世界人サイドの視点で転生者を眺めた時の底知れなさ・不気味さを強調してあるのもワザあり。「小説家になろう」のタグでいう、「現地人」視点というやつですね。
配信連載ではすでにロレッタのダンジョン攻略編が終わり、いまはロレッタより先に宿の修行を経験したキャラクターの回想でつづられる第2章が展開中。今度はどんな死に覚えが繰り広げられるのか、そして宿の主人やその家族に秘められたドラマがどう明かされていくのか。楽しみに追いかけていこう。
©稲荷竜, 竹内じゅんや, 加藤いつわ/集英社