2020.03.28
巫女さんのつくるご飯で、人にも神様にも幸せをもたらす!『祟り神の食卓』 水沢クロマル【おすすめ漫画】
『祟り神の食卓』
いわゆるグルメマンガの魅力は、ただ料理が描かれるところにあるのではない。
サラリーマンが癒しを求めるお昼ご飯、あるいは一人暮らしが極める手抜き料理、またはお嬢様キャラとコンビニ食材……つまり「○○による××なグルメ」という組み合わせこそが肝なのだ。それはまるで飯の上に置く具しだいで無限のバリエーションをもつ丼物のような可能性の宝庫といえよう。
そして本日ご紹介するのもまた、おいしい料理に独自の題材をのせたグルメマンガの例。
実業之日本社「COMICリュエル」その他で配信中、『祟り神の食卓』というWeb作品である。
舞台となるのは、とある町内のさびれた神社。そこに、ひとりの巫女さんがいる。
名前は加持魚々子(かじ ななこ)。高校を中退しているが学校を去ってもクラスメイトがピンとこないほど存在感が薄い少女で、ぱっと見は無表情かつ不愛想。クールというより浮世離れした雰囲気を帯びている。
しかし、実際はおいしいものを食べるのに目がない食欲旺盛な女の子で、よく話せば愛嬌もあり思いやり深い性格が見えてくる。
そんな魚々子のつとめる神社には、なにかに導かれるようにしてワケありな参拝者が現れる。悩み、苦しみ、不安、寂しさ、あるいは願い……それぞれに事情は違うが、なにか気が晴れるきっかけが必要な人々ばかりだ。そこで、食い気たっぷりな魚々子のやることはひとつ。
「『おいしい』はいつだって正義です!」
食に対する強烈な信念を掲げ、あざやかな腕前で絶品料理を作る。そのおいしさで参拝者を勇気づけるのだ。
さて、彼女がつとめる神社には、ヤツカという獣頭人身の神がいる。単にまつられているのではなく、本当に“いる”。
性格や言動が荒々しいせいで参拝者を逃がしがちだが、神社につとめる魚々子とのコミュニケーションでは絶妙なツンデレぶりで神託(というかアドバイス)を送り、なんだかんだで和気あいあいとした関係を結んでいる。魚々子の作るごはんは参拝者を幸せにするだけでなく、この神を楽しませるためにも供される。
そこからヤツカ神とかかわりのある他の神々も登場し、超自然的な次元からもトラブルが舞い込んでくるのだが、そのすべてを解決に向かわせるキーはやはり魚々子のつくるごはんだ。
もともと古代の神話から現代に残る風習にいたるまで、人と神の世界を結ぶにあたって食はきわめて重要な要素となっている。食材を神からの授かりものとして感謝したり、逆に酒や食べ物を人から神様へ献上するといった具合に、食で悦ぶ/悦ばせることはつねに霊的な世界へのホットラインなのである。
そう考えると、人と神の間に立つ巫女さんが双方向に幸せをもたらすごはんを作る本作の構図は、グルメマンガというジャンルにおける題材の組み合わせとしてはもちろん、純粋に神事を親しみやすいかたちで描いたファンタジーとしても説得力をもって面白く読めることだろう。
©水沢クロマル/実業之日本社