2020.06.20
殺し屋を愛した御曹司は、再会するために自分の暗殺を依頼する『きるる KILL ME』叶恭弘【おすすめ漫画】
『きるる KILL ME』
事故後の手術で好きな女の子そっくりの顔に整形されてしまう『プリティフェイス』。一目惚れした子を追いかけて魔力ゼロなのに魔法学校に入り込む『エム×ゼロ』。幼なじみが持つ鏡の中に閉じ込められ秘密の共同生活を送る『鏡の国の針栖川』……。
ひとクセ加えた設定で週刊少年ジャンプのラブコメ枠を賑やかせた叶恭弘先生。
集英社の電子マンガサービス「ジャンプ+」が開設されると、同サービスの初期ラインナップとして『KISS×DEATH』(2014〜2018)を連載、男の子ひとりに女の子いっぱいという図式へ寄生型エイリアンに憑依された人間同士の対決というSF要素を噛ませた内容がやはり一筋縄でいかないものと注目された。
そんな変則ラブコメ(あるいはラブコメの変形化)に定評のある作家の新作もまた、相当なものだ。
今年2月にジャンプ+で始まった『きるる KILL ME』は、ざっくり言えば恋心に燃える青年が美女にアプローチをかけながら空回るさまを描いたドタバタのコメディである。しかしそこはやっぱり叶恭弘作品。一面的なロマンス話におさまらない趣向を組んでいる。
主人公は、大企業を支配する一族の御曹司にして天才的知能の持ち主・蒼音持(あおい ねも)。彼はある日親切にしてくれた見知らぬ女性に運命を感じ、再会を切望する。やがて金とコネをフル活用して素性を探り当てるのだが、それはなかなかやっかいな相手だった。
女の名は、赤海(あかうみ)きるる。
彼女は音持と別の意味で普通人ではない。闇社会の組織が報酬と引き換えに送りだす命の狩人。そう、殺し屋なのである。そんなきるると接点をもち、ごく自然な形で人間関係を築くにはどうすればいいだろう?
簡単だ。相手が殺し屋なら、殺しを依頼すればいいのだ。この自分の暗殺を!
さっそく匿名で闇組織へ依頼を出し、蒼音持を狙わせる音持自身。ある時は毒を盛るためにきるるが接近してくる。ある時は外で運動している最中きるるに後をつけられる。また時にはきるるが変装して仕事現場まで潜入してくる。
大勢の人がひしめく中でもきるるの視線は自分に注がれ、彼女はずっと自分のことを考えている。こんなにうれしいことはない!
自分が生きているかぎり何度でも会える。きるるの暗殺チャレンジの回数は音持にとってデートの回数に等しい。だから護身術を徹底的に学んだうえ、最先端のテクノロジーを駆使して致命傷をふせぎ、殺されずに暗殺を続けさせる作戦にまい進していくのだった……。
という具合に、極度の恋ボケで二人の仲をハッピーに解釈する音持の思考ロジックはほぼストーカーの域である。
しかし一方、殺し屋とターゲットという関係のうえでは実際きるるのほうから“迫ってくる”わけで、意味はズレているが間違いでもない、という絶妙すぎるバランスが光っている。
よくある設定なら、殺す側と殺される側が惚れてはいけない相手なのに惹かれ合い……みたいになりそうなところを、むしろ色恋沙汰のために殺す・殺されるを一方的に利用する(それもターゲット側が)というこの着想。
叶先生の作品をずっと追っていれば「さすが」と舌を巻くし、本作で入門する向きは「こういう作風があるのか」と感じ入る。そんな仕上がりになっている。
©叶恭弘/集英社