2020.07.31
イケメン美容師との恋愛の「沼」を垣間見せる、甘いけど甘くないオトナのラブストーリー『誰かのことを好きなだけ』藤緒あい【おすすめ漫画】
『誰かのことを好きなだけ』
藤緒あい先生の『誰かのことを好きなだけ』の第1巻が発売されています。
物語の主人公は、天野唯衣子・26歳。仕事は普通、趣味もなし、本当に人を好きになったことがない。元カレに「ダシの入っていないみそ汁みたいな恋愛だった」とフラれたばかりで、気乗りしないながらも婚活を続けています。
そんなある日、婚活パーティの帰りに声をかけてきたのは、美容師の榛名。ナンパかと思いきや、カットモデルのお誘いで、言われるがままに髪を切ってもらったところ、髪型もトークも刺さり、気持ちがどんどんと高鳴っていくのを感じ……というストーリー。
よく「美容師と付き合ってはいけない」と聞きますけれど、実際のところどうなんでしょう。
オシャレな人多いですし、カッコイイ人もいますし、モテそうですよね。そんでもって遊んでそう。……とまあ、私もめちゃめちゃ偏見もって見つめていたりするわけですが、本作はまさにそんな、美容師と付き合ったらどうなってしまうのかという、恋愛の沼を垣間見せるような作品になっています。
ヒロインは冒頭の紹介の通り、仕事も趣味も恋愛も、どれも熱が入らず、無味無臭の淡々とした日常を送る何の特徴もない女性。そのことを自分でも自覚しており、自身を「つまんない女」と形容しています。
そんなところに現れたのが、ゆるめのファッションでひげを生やしているところがいかにもチャラそうなイケメン美容師・榛名。いきなり声をかけてきて、カットモデルになりませんかというお誘い。控えめに言って胡散臭い。
当然ながら唯衣子もちょっとばかし警戒というか、構えて店に向かうんですけれども、ひとたび髪を切ってもらいながら話をすると、トークは盛り上がるわ、出来上がりの髪型は新しい自分になったかのような素敵な仕上がりになるわと、特別な体験になるわけですよ。
んで、帰り際に「髪のことで何か困ったことがあったら気軽に聞いてください」と、連絡先を交換するこの手際の良さ。最初の連絡こそ髪のことですが、あっという間にそういう関係になっちゃいます。
榛名の唯衣子に対する言葉は、彼女を認め受け入れ褒める、お手本のような甘く優しい言葉が多いんですが、はたから見ると結構胡散臭いし嘘くさくも感じるんですよね。でも唯衣子はそれを素直に受け入れて喜ぶし、たぶん榛名も、たぶん嘘偽りなく言い放っている……はず。
ただ気まぐれが過ぎるというか、ずっとは続かないんだろうなという雰囲気がずっと流れていて、非常に心地が悪い。実際、物語冒頭でびしょ濡れになりながらインターホンを押し続ける唯衣子の姿が描かれており、悲しい未来は不可避。
どんなに幸せな画が描かれても、所詮それは不幸への過程でしかないわけで、幸せな光景が描かれるたびに胸がざわつきます。
甘いけど甘くない、なんならこれからどんどんビターになっていくはずなんですが、これは読まずにはいられません。恋の沼の底から見る景色というのは一体どんなものなのか、あなたも一緒にのぞいてみませんか。
©藤緒あい/講談社