2020.12.20

「人生終わった」中1が、引退した世界的バレリーナとご近所探訪するヒューマンドラマ!『地図にない場所』安藤ゆき【おすすめ漫画】

『地図にない場所』

異彩を放つ少女漫画家

だいぶ前に書いた記事でも紹介をしたのですが、安藤ゆき先生という漫画家は、デビュー単行本の短編集『不思議なひと』から圧倒的なストーリーテリング能力を発揮していて、読んだときの衝撃は未だに覚えています。

短編集という、ページ数の限られた中でも登場人物の背景や物語が、語らずとも透けて見える、その構成力・深みが他とは明らかに違っていました。そして何作か短編集を発表した後、満を持して長期連載『町田くんの世界』を開始。数々の賞でランクインを果たし、実写映画化もされるなど、一躍人気漫画家の仲間入りを果たしたのは記憶に新しいところです。

『町田くんの世界』はその実績が物語っているように「名作」であることに間違いは無いのですが、一方でスペック的になんの取り柄もないメガネの地味な少年が主人公で、かつ恋愛色が薄い作品ということもあり、少女漫画というジャンルにおいては少し浮いた存在でもありました。

恋愛を描くことが苦手という印象は無いのですが、どちらかというと恋愛という枠に囚われず、「人間」や「人生」といったことを描くことに長けている印象がある漫画家でもあり、今回こうして恋愛に囚われすぎる必要のない青年誌で連載をできたというのは明らかにプラス。

そして送り出された本作『地図にない場所』も、まさに「人生」というものにフォーカスを当てた作品となっています。

人生終わった中1が出会う世界的バレリーナ

物語の主人公・土屋悠人は中学1年生の男の子。優秀な兄を追って(実際は親の期待に応えたくて)難関校に合格するも、勉強についていけず孤立。家では優秀な兄と、イケメンの弟の狭間で居場所が無く、「人生終わった」と絶望をしていました。

そんな中、世界的バレリーナであった宮本琥珀が、怪我のため引退をし、実家であるお隣へと戻って来たことを耳にします。一線から退いただけでなく、親との死別したばかりということで、「俺より終わってそうなやつが見たい」と彼女の元を回覧板を届けることを口実に訪れるも、想像と違って全然絶望していないどころか、なんだか手がかかる、放っておけない人で……というストーリー。

シチュエーション的にはボーイミーツガールではあるのですが、宮本琥珀は30歳を過ぎたアラサー女性で、ガールというには少し年齢オーバー。

唯一の肉親である母親と死別し、彼女の全てであったバレエを怪我で辞めたということでさぞ落ちているかと思いきや、前述の通り本人は絶望どころか、なんともケロッとした雰囲気。

というのも、怪我をしたというのは真っ赤なウソで、親のためにバレエをしていたが、親が亡くなったことでモチベーションも低下し、自ら一線を退いたというものだから。

本人の心持ちとしてはさながら「悠々自適のリタイア生活」といったところで、これまでやれてこなかったことを、自分の力でやってみようと、むしろ前向き。しかしこれまでバレエしかやってこなかった彼女、料理や洗濯はおろか、地図も読めないし片付けもできないというポンコツぶりで、そんな彼女の様子を目の当たりにした悠人が、家や学校から逃げ出したい状況も相まって、おせっかい心を発揮。

なにかにつけて彼女の元を訪れ、ちょっとした面倒を見ることになります。

都市伝説でご近所探訪

タイトルの「地図にない場所」というのは、この地域の子どもたちの間でまことしやかに囁かれている都市伝説のひとつで、地図に載っていない場所が近辺にあるというお話から。ひょんな事から、ここを探そうという話になり、悠人と琥珀の地図にない場所の探訪を開始。物語はこのご近所探訪を軸に進んでいくことになります。

親の期待に応えられず自分の居場所を見失ってしまった悠人は、自分のことを「人生終わった」を形容していますが、全てを投げ出している訳ではなく、彼なりに努力をしたりと色々と足掻いている最中で、根は真面目な良い少年なんですよね。

終わったというか、そもそも「まだ何も始まっていない人」。そんな彼が、とあるジャンルにおいて世界のトップを走ってきて、一つの人生に区切りをつけた、ポジティブな意味で「人生終わった」人と出会い、変化を見せていく。まずこの2人の対比が非常に分かりやすく、掛け合いとしても面白い。

そもそも都市伝説に出てくる場所なんて、明確に答えがあるわけでもなく、まず見つかるわけはないのですが、イコールでそれは、彼と彼女がそれぞれ納得する終わり方を自ら見出す必要があるということでもあるわけで。歩き回った先で、どんな答えを見つけるのか。それはきっと、彼にとってきっと前向きな「スタート」であるはずで、そこまでの道程がどう描かれるのか、今から非常に興味深いです。

性質的に、話が進むほど、歩けば歩くほど物語が成熟し面白みがましてくる物語だと思うのですが、唯一の懸念は絵面がめちゃ地味というところ。衝撃的な事件が起きるでもなく、爆笑が生まれるわけでもなく、分かりやすい深い感動があるわけでもなく、ただ読み進めているとじんわりと心に沁みてくる。

青年誌という新天地で、こんな作品がどこまで受け入れられるのかも、あわせて注目(というか応援)したい一作です。オススメ。

この記事を書いた人

いづき

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