2020.12.26

鷹匠の女性が自らの狩りの様子を紹介し、ヒトと動物の共生を親しみやすく、それでいて真摯に描いたエッセイマンガ!『鷹の師匠、狩りのお時間です!』ごまきち【おすすめ漫画】

『鷹の師匠、狩りのお時間です!』

鷹を相棒として狩猟をおこなう人々がいる。歴史は古くしばしば時の権力者に仕えて狩りに同行した記録が残り、今では伝統文化を担う側面もそなえた専門家。そう、鷹匠(たかじょう)と呼ばれる人々だ。

鷹の師匠、狩りのお時間です!』は鷹匠の女性が自らの狩りの様子を紹介し、日々の暮らしぶりや考えを披露してヒトと動物の共生を親しみやすく、それでいて真摯に描いたエッセイマンガである。

鷹匠と鷹といえば、昔話やいくつかのフィクションの影響で山奥深くにいるイメージを抱く向きも多いが、さにあらず。作者・ごまきち先生は名古屋から電車で10分程度の地域で活動しているという。また、野鳥の世界で多くの種類がある鷹たちのうち山奥にいるのは主に大型種で、中型〜小型種は人里に近いところで暮らし、我々の頭上を飛んでいる。意外なほどに身近な距離感なのだ。

道路が近い場所では車と接触するおそれがあるため、安全を優先すれば法的に狩りが許されていても狩り場として選べない……等、人間社会の作りと動物の行動圏が重複する状況をきわめて具体的に示すエピソードが本作では多く読める。

“野生”や“動物”というのが現代社会のどこか彼方の向こう側ではなく、すぐそばにあって時に交わるものだと肌身に感じられてくる。そんな本作に対して公式があてた宣伝文句「都会型鷹狩りエッセイマンガ」はパッと見のキャッチーさと裏腹に深い含蓄がある。

トリビア的なレベルでは、カタカナの「タカ」と漢字の「鷹」は、タカという特定の種を指す時と猛禽類をひっくるめてあらわす時で明確に使い分けられる(だからワシが相棒の場合でも“鷹匠”)といったような細かい基礎知識も盛りだくさん。鷹匠や鷹に対して「そうだったのか」と目からウロコな体験を無数にさせてくれる。

さて、そうした本作のなかでまずこれだけは何としても読者に伝えようという熱を感じる根本の要点がある。

「鷹を慈しみ裏切ることなく誠実であれ」
「鷹を主人だと思って仕えよ」

それは作者が鷹匠の技術を学んだ流派で念を押して教え込まれた教訓。

鷹は、武力的にたくましいイメージとは違って実際はストレスをきらい、安定を求める本能が強い生き物である。その本能をヒトが尊重しなければ鷹匠は成り立たない。

狩りにおいてヒトの役目は鷹の使役ではない。鷹の止まり木になりきって落ち着きと集中を提供することだ。獲物をとらえた時も運ばせるのではなく、ヒトのほうから鷹のもとへ駆け寄り、頂く形になる。

つまり、鷹匠はけっしてヒトを上に置く主従関係で調教するのではない。むしろ逆にヒト「が」鷹「に」仕えるのだ。

鷹を訓練して狩りをしながらその心身を絶え間なくケアし続ける鷹匠は、鷹を飼うというよりも“鷹と共に生きる”ことの専門家と言ったほうがいいだろう。

そうした理念を徹底するため、作者はいつも鷹がどのように世界を見ているかを想像する力を働かせている。「自然を学ぶ」とは自分/自然世界という単純な二項化ではなく、自分以外の誰かを合間に置いて、強みも弱みも好き嫌いも異なる誰かにとっての世界も織り込む作業だ。

もしも、その想像力が欠ければどうなるか。それも本作のなかに見てとることができる。作者が動物救護の手伝いをした際、獣医師から「私たちは鷹匠を名乗る人間を信用していません」と言われるくだりに注目しよう。

じつは現代日本では、鷹匠は公的に認められた資格がない。鷹を買って鷹匠を自称してしまえば、なったと言い張れる状態なのだ。知識もなく、とくに外来種を適当に飼育しては国内の動物たちの環境へ悪影響をおよぼす者も散見され、識者からは問題視されている。だから、上の獣医師の言葉が出たのだ。

鷹がどのように生きて、どのように世界を見て関わっているかを考えないことで、自然を損なう害悪となってしまう。鷹匠の伝統をかたく守る人々がなぜ口を酸っぱくして鷹こそ主人と教え伝えているかの答えがそこにある。

それはおそらく、ヒトと動物だけではなくヒトとヒトの関係にも敷衍できる道理だろう。敬虔さというのが肝要だな、としみじみ思わせてくれるマンガになっている。

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miyamo

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