2021.08.01
登場人物が『ONE PIECE』キャラと酷似した名前をもち、『ONE PIECE』をネタにした奇行をくりひろげる学園コメディ!『恋するワンピース』伊原大貴【おすすめ漫画】
『恋するワンピース』
海賊の頂点“海賊王”を目指して船旅に出た自由奔放な少年モンキー・D・ルフィが、志を通じた仲間たちを束ねて世界中のてごわい海賊たちと渡り合っていく海洋冒険浪漫譚『ONE PIECE』。
いまや日本漫画界の大看板となった同作が週刊少年ジャンプで連載スタートしたのが1997年夏のこと。1996年に発表された原型的な読み切り「ROMANCE DAWN」2バージョンまで含めればじつに四半世紀におよぶ歴史を刻み、この2021年内には単行本がとうとう大台の100巻に到達する。
それほどの大長編の必然として番外編・スピンオフのたぐいも豊富に作られているのだが、今回紹介するのはそのなかでも異彩を放つ一作。
集英社のWebマンガサイト「ジャンプ+」と作品公式サイト「ONE PIECE.com」で2018年6月から配信連載が続いている『恋するワンピース』だ。
本作の特徴は、現実世界の一般的な高校を舞台とし、ワンピキャラが劇中にいっさい登場しない点にある。
まず幕開けは、キラキラネームを悩みの種とする温厚柔弱な性格の少年・山本海賊王(やまもと ルフィ)と、彼に好意を抱く小山菜美(こやま なみ)という少女の姿から。
ルフィとナミ。2人はセットで「麦わらの一味だ!」と周囲にからかわれているが、ナミちゃんのほうはまんざらでもない。好きな相手と仲良くなるきっかけとなり、特別なつながりを生んでくれた『ONE PIECE』には感謝の日々だ。『ONE PIECE』を通して育まれる恋……そう、これこそ恋するワンピース……とキュンキュンしていられたのもつかの間だけ。
ある日、顔の四角い巨漢がいきなり2人に寄ってきてなれなれしく仲間あつかいしてきたことからすべては変わってしまう。
「それがし 中津川嘘風(なかつがわウソップ)と申すものでございます」
なんだこいつ! もはやキラキラとかそういうネーミングじゃないぞ! 親は何考えてんだ!?
しかもこの嘘風(ウソップ)、日常生活で言うことやることすべて『ONE PIECE』の名台詞や名場面の再現でおこなう奇人ときた。『ONE PIECE』におけるウソップの必殺技「火炎星」や海軍が放つ大火力攻撃「バスターコール」になぞらえて建物その他に迷いなく放火するヤバい癖まで抱えている。奇人というか危険人物だ。
そんな男に目をつけられ、問答無用で意味不明な“海賊部”メンバーに加えられた山本くんとナミちゃん。
さらに海賊部の存在に引き寄せられるがごとく、海賊船のコスプレ(船の!?)で山本くんの気を引こうとする幼なじみやらワンピ用語をすべて下ネタに聴き間違える生徒会長やらワンピ作者・尾田栄一郎先生の自画像である魚の覆面をかぶったナミの父親やらヤバい連中が続々登場し、ただの学校はワンピースをめぐる変態濃度の高いギャグ空間と化してナミちゃんの恋路を阻み続けていく──さようなら、純真ラブコメ路線!
……というのが本作のあらましとなる。
現実世界の一般人である登場人物が『ONE PIECE』キャラと酷似した名前をもち、『ONE PIECE』をネタにした奇行をくりひろげる学園コメディ。もはやスピンオフという形容で合っているのかも分からないありさまだが、本編について意識させる度合いに関しては他のスピンオフの追随を許さない強烈さは間違いなく備えている。
そのうえで本作がおもしろいのは、単純に「『ONE PIECE』を知っていれば面白い」とか「知らなくてもそれなりに楽しめる」などと、知っている/知らないの二項対立ではおさまらないところ。
まず嘘風が『ONE PIECE』をくまなく知り尽くす究極のマニアとして配置されているわけだが、ツッコミ役のナミちゃんのほうも無知な一般人ポジションではなく高い確率で「××の〇〇じゃん!」とピンポイントにツッコめるだけの知見がある。それに続くさまざまなキャラクターも、まったく未読の人物がいるかと思えば途中までは知っているとか特定のスピンオフ作品にだけ詳しいなど、“知り方”のバリエーションとグラデーションが切れ目なくさまざまに描かれているのだ。
おかげで、『恋するワンピース』を読むわれわれわ自身がもつ『ONE PIECE』に関する知識がどの程度でもそれぞれの状態に沿った笑いが得られる作りになっている。そういう点で「入り口は人それぞれ」「誰が読んでもそれなりに楽しい」を最大の意味で叶えた漫画とも言えるだろう。
©伊原大貴/集英社