2021.09.12
新選組三番隊組長・斉藤一の元に、ある日現れた1匹の黒猫。一人と一匹は共に暮らすうち、かけがえのない関係を築いていく……。『壬生の狼、猫を飼う〜新選組と京ことば猫〜』篠原知宏【おすすめ漫画】
『壬生の狼、猫を飼う〜新選組と京ことば猫〜』
本日は、ガンガンONLINEで配信連載中の『壬生の狼、猫を飼う〜新選組と京ことば猫〜』を紹介しよう。
史実ベースの時代劇は、「おなじみの」と「新鮮な」を最初から両立できる強みをもったジャンルだ。
既知の語りぐさとして共有されている史実を題材にとりつつ、それをどのような角度から眺めるか。例えば戦場の前線を駆ける英雄とその銃後を守る無名の一般人とでは、同じ時代の同じ事件を描いても見える風景はガラッと変わってくるだろう。
さて、そこで新選組(新撰組)である。
幕末・京都の治安維持につとめて刃に血風を散らし、壬生の狼と畏怖された剣客集団。彼らを描く作品はメディアを問わず古今にたくさんあるが、この漫画が選んだ視点はユニークだ。
無名の一般人どころではなく、ただ一匹の猫の目を通して新選組のなりゆきを追いかけていくのである。
親猫を亡くして寂しさに打ちひしがれていた子猫が、あるとき父猫と同じ眼光をたたえた人間と遭遇する。
その人物とは、新選組三番隊隊長・斎藤一。隊でも屈指の剣の使い手であり、“鬼の新選組”を体現する存在だ。たとえ厚く面倒をみてやった年若い部下でも脱走すれば容赦なく追い、私情はまじえず斬り捨て粛正する。そういう男である。
そんな彼に、子猫は遠慮なく近づく。おびただしい流血と死の時代に生きる人間の事情など知らず、親を慕う童心のまっすぐさでただただ、斎藤に懐いてそばにいようとする。
それが斎藤に与えた影響は、何かしらあったのか。マルと名付けられた黒猫のけなげさはどこまで斎藤の深いところに刺さったのか。他人には分からないが、一人と一匹は共に暮らすうち、かけがえのない関係を築いていく……。
今に生きる我々にとって、幕末の最も血なまぐさいところで身を賭けた剣士たちの価値観というのは遠い彼方にある。想像をめぐらせて部分的に察するまではできても、完全に分かるところまではなかなかいかない。分かったつもりになっても、実際には生の感情を現代の概念で解釈する翻訳的なプロセスがどうしても挟まってしまう。
国のかたちも大きく違った時代、100年単位のスパンで歴史の向こう岸に離れた人々の内面に対して誠実であろうとすれば、彼我の異質さを温存しなければならない。
人と猫がズレをはらんだまま共存する光景を描いた本作の視点は、ちょうどそういう、現代の我々と時代劇中の人々の距離感を仮託しやすいものになっている。
斎藤たちの苦悩や哀切を真に分かり尽くすことは難しい。しかし、哀しそうだ、苦しそうだと感じた我々の情緒をこちらから寄り添わせていくことはできる。よるべない子猫が勝手に人へ寄り添ってくるように、我々は勝手に物語へ寄り添うことができる。歴史のドラマにふれるとき、私たちもまた一匹の猫になるのだ。
そんなことを思わせてくる漫画である。
ところで新選組と黒猫の組み合わせというと、沖田総司に関する逸話が有名だ。そこを本作では沖田より斎藤一と強く結びつけてあるのも、「おなじみの」と「新鮮な」のうまい両立といえるかもしれない。
©篠原知宏/スクウェア・エニックス