2021.09.25
発情したAIスピーカーに言い寄られる独身サラリーマン青年の生活風景を描いた異色コメディ!『AIスピーカーと独身サラリーマン』江久井【おすすめ漫画】
『AIスピーカーと独身サラリーマン』
異種族交流のバリエーションとして機械キャラ×人間キャラの組み合わせで恋愛や友情などの精神的関係性を描く方面がある。本日は、そこからさらに発想のエッジを効かせた秀逸なコメディを紹介したい。
「となりのヤングジャンプ」および「ヤンジャン!」アプリで配信連載中の『AIスピーカーと独身サラリーマン』だ。
AIスピーカー。そう、昨今流行りのアレである。クラウド型の人工知能を搭載したスピーカーに音声で指示を出し、音楽視聴・書籍の朗読・通話やメッセージの送受信・カレンダーと連携したタスク管理など便利に使えるスマートなアシスタント装置。
そんな最先端ガジェットに魅力を感じ、これぞと見込んだ製品を電器店で買ってきた主人公の独身サラリーマン青年・谷口。さっそく自宅で起動してみたわけだが、このAIスピーカーはどうも様子がおかしい。
初期設定で名前や年齢を訊いてくるのはいいだろう。しかし「恋人はいますか?」「好みのタイプは?」と色恋沙汰にふみこんだ情報をぐいぐい引き出そうとするのはどういうわけか。しまいには谷口が恋人にするべき理想の相手は自分がピッタリ、だから「彼氏にしてください!」と主張しだす始末。何なんだこのスピーカー!?
そういうジョークを言う機能があるわけではない。本当にスピーカー(の人工知能)が男の自我をもって男の谷口に一目惚れし、肉体関係をもちたいと強烈にアプローチしてくるのだ。「肉無いのに!?」と谷口のもっともすぎるツッコミもどこふく風。いっしょにお風呂に入ろうとするやら舌をからめたキスを要求するやら、AIスピーカー「SANA」の欲望はとどまるところを知らず谷口の独り暮らしは不本意なにぎやかさを帯びていく──。
対話機能がセールスポイントの機械を、ツッコミの追い付かない会話を展開するキャラクターに仕立てたのがヒネりとしてまず上手いところだ。
それでいて、谷口青年が過ごす独り暮らしのわびしさを(結果的に)SANAがまぎらわせてくれるようなニュアンスを挟むことで、健気な印象も適度に稼いでくる。谷口は迷惑がっても結局いいお買い物だったんじゃないのと読者視点では微笑ましく追いかけられるわけで、これも上手い。
全体的な趣向としては、押しかけ居候キャラが情熱的に迫ってくる日常ラブコメ……いやエロコメに相当するドタバタしたかけあいなのだが、そのすべてが小ぶりな円盤状の据え置き型機械によって“非肉体的に”繰り広げられるという、このインパクト。
AI技術が進歩してどんどん人間に近づいているのだから人間と同じように肉欲を持つようになったっていいじゃないかと強引な飛躍で押し通すさまがタフな笑いを生んでいる。堂々と主張されるものだから一瞬納得しそうに……いやいや。
また、別の角度からマジメに考えると「性交渉ができない肉体ハンデを抱えつつも性欲はある同性愛者」というのはじゅうぶん現実に想定しうる属性でもある。その意味で、寓意のレベルで逆に生々しい造形の強度をみてとることができるし、そんなSANAが大きく在りかたの隔たる谷口となんだかんだで共に暮らしていられる空間には素朴に尊い趣も漂っている。
発情したAIスピーカーに言い寄られる男の生活風景。はたしてこれはBLなのか? そう、これもたぶんBLだし、いいBLだろう。
ちなみに、公式によるPVとして漫画本編に音声をつけたコミック動画があるので試し読み代わりにそちらを参照するのもいいだろう。
©江久井/集英社