2018.05.05
【日替わりレビュー:土曜日】『メタモルフォーゼの縁側』鶴谷香央理
『メタモルフォーゼの縁側』
昨年11月にKADOKAWAの「コミックNewtype」で連載が始まるや、またたくまに同サイト内の人気ランキング上位にのぼった『メタモルフォーゼの縁側』。
この注目作がもうすぐ単行本の発売を迎える(5月8日発売予定)ということで、新規に読み始めるにはちょうどいいタイミングのためご紹介しておきたい。
市野井雪、75歳。夫を亡くして三回忌を迎えた老婦人。
ほそぼそと書道教室を営みつつの一人暮らしで寂しい日々をすごす彼女は、ある時立ち寄った本屋で二人の少年が表紙に描かれたマンガ単行本を目にとめる。「きれいな絵」……最初はただそれだけで何気なく買った一冊だった。
ところが中身を読んでビックリ仰天。そこには男の子同士の切なくも艶やかな関係性を表現した未知なる世界が広がっており、熱いときめきを覚えた市野井さんはまたたくまに魅了されてしまう。
つまりはBLにハマったわけである。
そしてもう一人。佐山うらら、17歳。市野井さんがマンガを買った時にレジを担当したアルバイト書店員の女子高生だ。
BL好きだが学校でそれを公言する度胸がない彼女は、趣味を語り合える相手がほしいと虚しさに鬱々としながら、クラスメイトがおしゃべりするのを遠巻きに眺めるばかり。
そんな二人がふとしたきっかけで言葉をかわし、連絡先を交換し、少しずつ少しずつ親しくなりながらBL愛を共有するという不思議な縁をつむぐ様子が、本作の主な内容となっている。人生の先達たる老婦人とまだ年若い少女が、趣味の世界では少女のほうが先輩・おばあさんが新米になるというひっくり返りがまず面白い。
さらに、そうした関係がそれぞれの孤独をはらっていく光景にしみじみした情感がわきおこる良作である。
はっとさせられたのが第5話の後半。
市野井さんが楽しみに読み進めるBLマンガ単行本の続巻が、いつごろ発売されるか確認するくだりだ。
本が出るのはおよそ一年半に一冊。月刊連載マンガ等では普通のペースだが、高齢者である市野井さんにとっては続きを読める保証がないではないか。
いつまで追えるか分からない作品を愛好する時間はとても尊く、それはそのまま市野井さんと佐山さんが交流できる時間の尊さにもなってくる。
それをふまえると、ふたりがぽつぽつ交わす会話のひとつひとつがかけがえなく思えてくる。
BLという言葉も知らぬ市野井さんは、はじめて読んだそのジャンルのキャラクターたちに抱く気持ちを「応援したくなっちゃうのよ」と言い表した。
それはまさに、私たち読者が『メタモルフォーゼの縁側』という作品に……歳の差が甚だしいこのふたりの女性の連帯に感じる思いの代弁でもあるだろう。
©鶴谷香央理/KADOKAWA