2018.11.10
【日替わりレビュー:土曜日】『お嬢と七匹の犬』岩飛猫
『お嬢と七匹の犬』
「犬」。上下関係に敏感で、人間に飼われれば忠実な友となる生き物。
しかし尻尾をふって主人になつく図になぞらえ、誰かの手下になっていいように指図される立場の人間をあしざまに言うときの例えにもなる存在だ。
「COMICリュエル」で2015年から今年9月まで連載され、単行本全4巻が発売中の『お嬢様と七匹の犬』は、そんな生物学上の「犬」と従僕の例えとしての「犬」を融合させたユニークな作品である。
舞台は、ヒト型二足歩行の犬や猫たち“獣人”が人間と共存する架空の日本。
ある時、激しい雨に打たれながら行くあてもないまま路地裏に座り込んでいた犬獣人のチンピラ青年「武蔵」は、通りがかった黒塗りの高級車から降りてきた人間のお嬢さま「大和」に拾われ、古風なお屋敷で世話を受ける。
ところがこの少女、ただの親切心で武蔵を助けたわけではなかった。
大和はヤクザ組織「黒騎組」の頭領の一人娘である。父親の稼業のせいで友達がすぐ離れてしまうわ母親がいなくなるわと幼いころから苦労してきたせいで暴力団というものを心底嫌っており、自らの生家である黒騎組をぶっつぶすという野望に燃えていた。
そのために必要なのは、父ではなく大和に忠誠を誓い、彼女の身を守るボディーガードだ。武蔵はその最初の一匹として見いだされ、文字通り「子飼い」される立場になったというわけである。ここから、タイトルの「七匹の犬」が集まり、大和をご主人さまと慕うペットとしてのほのぼの日常シチュエーションやヤクザとしての戦いを展開していくことになる。
マッチョな肉体に狂犬と呼ばれるほどの武力を備えた武蔵が、少女にうまく手なづけられ、主従関係を求める本能に逆らえずうっかり興奮して子犬のようになついては頬を赤く染めて恥ずかしさに悶える姿をじっくり堪能していただきたい。なんというかもう、可愛らしいのを通り越してどこかエロティックですらある。
クールでふてぶてしい黒髪ロングセーラー服美少女が犬たちを調教するたたずまいはサディスティック感に満ちあふれ、「嬢が犬をしつける」という構図が読者にとって官能的なSMプレイの抽象に見えるよう組み上げられている。
ここで面白いというか奥深いのは、「犬」が従僕を象徴する一方、「飼い犬に手を噛まれる」という言葉が示すようにむしろ反抗の気風がストーリーに織り込まれている点だ。
まず武蔵が、タチが悪い前の主人と決別して、自分の選んだ主人として大和のそばにつく序盤の筋はわかりやすい。そのうえでもうひとつ見逃してはいけないのが、大和は父親がヤクザであるという環境で一方的な溺愛の下に置かれ、さらに、いなくなった母親が自分をどう思っていたのか気がかりに囚われていたという意味で、実は彼女もまた“支配される側”だという点だ。
そんな彼女が武蔵との絆に支えられ、最終的には両親どちらにも呪縛されない主体性をつかむクライマックスは身内のもめごととしてドロドロしていても、どこか開放的な趣がある。
だから本作は、お嬢様が主人/犬獣人たちが子飼いのペットになる主従関係を描くのと背中合わせに、生まれ育ちや親の勝手という運命に飼いならされるのをよしとしない子供の意気地が大きな軸になっており、そこでお嬢様はいわば“八匹目の犬”として武蔵たちと並び、大人という名の飼い主の手に噛みついてみせるのである。
こういうアプローチで反抗期の成長というものを描く手があったとは……と感じ入ることしきりだ。
©岩飛猫/実業之日本社