2019.02.21

【日替わりレビュー:木曜日】『失踪宣言』黒川依

『失踪宣言』

地に足ついた(?)疾走宣言

決して何か特別いやなことがあったわけではない。ただ、なんとなくすごく退屈で、ちょっとしたことが気に障って、気持ちが落ち込んで、「どこか遠くに行ってしまいたいな」と思う瞬間がある。誰も私の知らない場所に行って、何かから解放されたい。

黒川依先生の『失踪宣言』は、とあるOLが単調な日常に嫌気がさして失踪をくわだてるところから物語が始まる。

毎日早く出社して誰もいないオフィスで独り言を言いながら仕事をするくらいしか楽しみのなかった主人公・坂本あゆみは、同窓会で元同級生から「いつも何してるの?」「それって楽しい?」と問われ、「たぶん一生楽しくないんだろうなぁ」と暗い気分になる。

だからといって、自殺したいわけではない。あくまで、生きて楽しくなりたいのだ。誰にも迷惑をかけないで社会から消える方法を考えたら、「失踪」にいきついた。

フィクションなわけだし、ここで主人公がすべての仕事を放棄して、家からカバンひとつでどこかへ消えてしまう物語もありえただろう。というより、『失踪宣言』というタイトルだけ見たら、そういう物語だと思うはずだ。しかし、この作品では、それがなかなか実現しない。

失踪しようと思ってスーツケースをもって空港に行っても、会社からの不在着信が気になって飛び立てない。だったらまず行き先を決めるところから、と思って登場するのは、沖縄や淡路島の観光ガイド。失踪先を見つけるために会社で観光ガイドを開いていたら、同僚から「旅行?」と聞かれる(当たり前だ)。住んでとんでもない場所だったらいやだから、ということで、まずは突然飛び立つのではなく下見に行くことにする(旅行だ)。

という感じで、一巻ではなかなか失踪できないどころか、鬱々とした気持ちをよそにキャンプに行ったり筋トレを始めたり、むしろちょっと健康的な生活を送り始める坂本あゆみの物語となっている。

「失踪」といいつつも、そこにあるのは今日から誰でもできる方法だし、ここまでしっかり「自分が生きるもう一つの世界」を考えることは、嫌な気分を切り替えるライフハック的な効果もあるのかもしれない。

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この記事を書いた人

園田 もなか

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