2019.05.30
【特別対談】『メイドインアビス』つくしあきひと × 脚本家 倉田英之 インタビュー!
隅々まで探索されつくした世界において、ただひとつ残された秘境の大穴「アビス」。
どこまで続くとも知れない深く巨大なその縦穴には、奇妙奇怪な生物たちが生息し、奥底に潜れば二度と帰還できないといわれている。
そんなアビスの謎を解き明かすことを夢見る孤児のリコは、ひょんなことから少年の姿をしたロボット・レグと出会う。偉大な探窟家であり生き別れたリコの母・ライザを目指して、二人はアビスの果てへと挑むことになるのだが──。
唯一無二の世界観の中で、可愛らしいキャラクターたちが過酷な冒険に挑んでいく様を描いた、21世紀を代表するファンタジー作品のひとつ、『メイドインアビス』。「WEBコミックガンマ」で連載され、5月30日には待望の新刊・第8巻が発売された。
また2017年にはTVアニメ化もされ、躍動感にあふれるアクション、緻密でリアリティあふれる背景、世界観に没入させる伴奏音楽など、アニメファンの間でも大きな話題をさらった。続く新作劇場版『メイドインアビス 深き魂の黎明』も、2020年1月からの上映を予定されている。
そこで今回は最新刊発売を記念して、『メイドインアビス』の生みの親・つくしあきひと先生、並びにTVアニメ版に続いて劇場版でもシリーズ構成・脚本を務める倉田英之先生にお越しいいただいた。
「アビスの奥に進めば進むほど容赦がなくなって、つくしさんのことがどんどん怖くなっていく」と評する倉田先生が、つくし先生の深淵を解き明かしていく貴重な対談をどうぞお楽しみあれ!
アニメ3話までのエピソードは「理想的な形」
──アニメの脚本が倉田先生に決まって、最初の打ち合わせはどういう感じだったんですか?
つくしあきひと先生(以下、つくし):倉田さんが「いやあ〜このマンガ面白いですね、『ONE PIECE』より売れますよ!」なんて、超すごい嘘をついていたのを覚えてます(笑)。
倉田英之先生(以下、倉田):いやいやまだわからないよ、インドとかで出れば10億部を越えるかも(笑)。実際海外でもウケがいいし。
──先日まで、つくし先生はイタリアのナポリに行かれてましたよね。
つくし:はい、ナポリのコミコン(※)に招聘されたんですよ。ありがたいことにファンの方がいっぱい来てくださりました。日本でもそうなんですが、『メイドインアビス』のファンって意外と女性の読者が多くてビックリしています。
(※コミコン:コミック・コンベンションの通称。アメリカ発祥、世界各地で開催されるマンガや映画などエンターテインメント、ポップカルチャー関連のイベント)
倉田:ナナチが可愛いとか、そういうこと?
つくし:それもあると思いますが、キャラクター単体よりもナナチとミーティ、ライザとオーゼンのような、「関係性」がすごく響いているようです。
倉田:ライザとオーゼンって本編の中で一番漢らしい友情じゃない(笑)。
──ライザが「結婚したぞ!」って言った時、ショックを受けたオーゼンの顔がインパクトありました。
倉田:梅宮アンナが羽賀研二を連れて来た時、梅宮辰夫はこんな顔してたんじゃないかなって思いながらあそこを読んでた。
つくし:なんて喩えだ(笑)。
──TVシリーズ『メイドインアビス』の脚本はいつ頃書かれたんですか?
倉田:実作業が3年前で、あの時はまだ単行本は3巻までしか出てなかったかな。
つくし:オーゼン回までやるか、ナナチ回までやるかって話をして、「ナナチ出した方がいいでしょう。みんなナナチ見たいだろう」って。
倉田:そらそうだ(笑)。最初はボンさん(ボンドルド)の回まで書いてたけど、それだとすごい駆け足になっちゃうんですよね。
つくし:マンガの1巻は説明する部分が長いから、あそこをどれだけ縮められるかが勝負。だから僕からの希望は、頼むから最初の展開を面白くしてくれってお願いしました。
で、完成されたアニメを観た時に、マンガもこうしたかったと思うくらい理想的な仕上がりだったんです。
倉田:原作1巻のラスト、ナットと別れるリコの「はじまっていたのです!!!」ってセリフだけはアニメでも残さないといけないんだけど、1巻のはじまりの流れを変えてしまったら、このセリフがなくなっちゃう。
これを踏まえて1巻冒頭の「星の羅針盤」の話をアニメ2話の頭に移動させたり、他にもアニメの3話までは色々な要素を省いたり入れ替えたりを繰り返してました。
つくし:そういえば、脚本会議で星の羅針盤がカットされる流れになってきた時、「これ実は大事なアイテムなんです!」ってストップをかけましたね。
倉田:だって本編でも星の羅針盤、あっという間に無くしちゃうし(笑)。
まあこんな風に試行錯誤してきたわけですが、それはアニメはマンガの単行本と異なり、『メイドインアビス』にまったく関心がない人も触れる可能性があるメディアだから。
作品の魅力を一目で伝えないといけないので、1話では街の設定と住人がどんな生活をしているのかを最初に見せて、最後にオースの全景で締めるって流れにしました。あの場面のビジュアルインパクトもすごく良かった!
世界観やキャラが普通の感覚からズレている。それが『アビス』の魅力
つくし:キャラクターデザインの黄瀬和哉さんは、1話では自ら手を加えて頂いたとお聞きしました。細かな芝居もつけてくださってありがたい限りです。
倉田:黄瀬さんは最初「子供が可哀想で耐えられないから、キャラクターデザインしかやりません」って言ってたのに、第1話は作監までやってくれたんですよね。ツンデレですよ(笑)。
つくし:「子供が酷い目に遭うアニメなんか絶対やらない。だから劇場版のボンドルド編もやらない」っておっしゃっていたのに、ボンドルドのデザインがノリノリで凄いんです。
倉田:つくしさんの独特なタッチのキャラクターを、アニメーションで動かしやすいように、表情付けまで全部デザインしていてハンパない仕事ぶりでしたね。
つくし:黄瀬さんの描く大人の顔がすごく好きで、マンガの方でアニメ化以降に出てくる大人のキャラクターは、黄瀬さんの絵に影響を受けているくらいリスペクトしています。
──『メイドインアビス』が他のアニメと違う点はありますか?
倉田:「んなぁ〜」が多い!
つくし:ナナチには100通りくらいの「んなぁ〜」があって、返事も質問も全部「んなぁ〜」です。でも劇場版の脚本を見たら、かなり「んなぁ〜」が省かれてました……。
倉田:だって2ページに3回くらい「んなぁ〜」が出てきて、ナナチそれ以外喋ってないんだもん(笑)。
──(笑)。んなぁ〜以外ではありますか?
倉田:通常のアニメでは最初に、「ここを盛り上げて、ここで山場を作って、最後ハッピーエンドにしましょう」といったように段取りを決めていくんです。
けど『メイドインアビス』の場合、キャラクターの行動に間違いはないんだけど、「これはハッピーエンド……なのか?」って冷静に考えるとわからなくなってきちゃうことが多い。善人か悪人か、判断つかないキャラがバンバン出てきますし。
だからさじ加減を間違えちゃうと、全然本来の良さとは違うものになってしまう。それは脚本家として怖い部分でした。例えばオーゼンも良い人そうなんだけど、それでもこんなにレグを殴っていいのか? であったりとか。
つくし:まあ善人ではないかもしれないですね。オーゼンは深い階層で出会ったらラスボスになるくらいのつもりで描きました。「白笛」は全員、安っぽくしないつもりなんです。
倉田:白笛がみんなちょっとズレてる部分があって、これがつくしさんの持ち味かなあとは思いました。世界観もキャラクターも、どこか普通の人が考えるものとは良い方向にズレて歪んでいる。
それがつくしさん独自の個性であり、『メイドインアビス』はその上で出来上がっている特別な作品だと感じています。だから仕事のやり甲斐はすごくありました。
リコも一見、元気ハツラツでメガネな普通の女の子なんだけど、あの歳で、もう二度と戻れない穴の底に向かって楽しそうに潜っていく。それってやっぱり、ちょっとおかしいんですよ。しかも「お母さんに会いたい」とか言ってたくせに、途中からは潜ること自体の方にどんどん惹かれていきますから。
つくし:冒険を続けること自体が楽しくなってますよね。
──そういう『メイドインアビス』の個性をアニメの脚本に落とし込むのは難しそうです。
倉田:だから、まず「つくしさんがどういう人なのか」を知らなきゃいけなくて、最初に会った時は雑談ばかりしてました。
つくし:そうですね、『バキ』の話とか(笑)。
倉田:何が好きなのか訊いたところ、『ナショナルジオグラフィック』や『アニマルプラネット』といったドキュメンタリー系をよく見るって話をされて。映画の『127時間』も好きとか、俺と好みが似てたんですよね。
あとその時、つくしさんが好きなマンガとして『神々の山嶺』っていうエベレストの登山に取り憑かれた男たちを描いた作品を挙げていて納得しました。アビスの大穴に取り憑かれてるキャラクターを描くのが上手いのはそれかって。
TVシリーズの最終回はオリジナルエピソード。その誕生秘話
──伝報船がアニメオリジナルのラストとして用意されていました。
倉田:第1巻のカバー裏に伝報船が描いてあって、アビスの通信手段としては面白いなと。ラストをナナチとの旅立ちに決めた時に、小島正幸監督がこれを使いたいって提案したんです。
つくし:初期の絵コンテでは素直にオースの街に届いちゃっていたんですけど、伝報船が上まで届く確率なんてほとんどゼロで届かないことが大半なんですよ。
倉田:なので、ディスカッションを重ねた結果、マルルクの手助けでボロボロになった伝報船が補強されて、レグを見つけたあの場所でナットがギリギリで拾うっていう、あのラストに決まりました。
そこにケビン(kevin penkin)が超イイ楽曲を書いてきて、オイシイところを全部さらっていった。
一同:(笑)
つくし:アビスの雄大な景色をバックに超エモい曲が入る。「あーすごいなあ、絵と音楽ってこんなにパワーがあるのか」って感動しました。
倉田:でも冷静に考えてみたら、このタイミングでは何も解決していないんですよ。お母さんにも会えてないし、レグの正体はわからないし、まさに「俺たちの冒険は始まったばかりだ!」的な終わりなのに(笑)。
つくし:フワフワが一匹ついてくるくらいしか、イイことがないんですよ。
倉田:なのに、最終回は先行上映会で公開したんですけど、見に来てくれたお客さんからは文句もなく、反響がすごく良かったですね。
アビスに帰ってきた実感がする、劇場版の冒頭の生々しい痛さ
──新作劇場版ではボンドルド編が公開されます。
倉田:ボンドルド編のエピソードは、TVアニメで20数分で区切って「続きは来週」ってやるよりは、畳み掛けるように見たほうが面白い。戦いはまとめてやりたいから、劇場でやれるのは良かったです。
つくし:構成を倉田さんがいい感じにまとめてくれて、すごく完成度が上がっています。途中のエピソードを入れ変えて上手く再構成してくれました。「あっ!ココとココが重なるんだ! そうそう これ、いい!」みたいに興奮しながらコンテ撮影を見たんですけど……面白い!
倉田:劇場版の見どころは、ボンドルドの基地の周りにある、霜の柱みたいな景色。ああいう背景はアニメーションで見ると空間の広がりを感じさせて、綺麗に見えるんじゃないかな。
──劇場版の脚本執筆を進められてみていかがでしたか?
倉田:冒頭に虫がいっぱい出てきて、死体が虫に食われてて這いずられてるところとか、アビスに帰ってきた感じはすごくしましたね。
なんとなくTVアニメ版の最終回でハートウォーミングな余韻が残っていたんだけど、2年ぶりの新作劇場版で「うわー、確かに『アビス』はこうだったよな」って戻ってきた実感がした(笑)。
つくし:小さい生き物って恐ろしいって印象があったので、小型の虫にいっぱい襲われるのがやりたくなって描いたシーンです。
倉田:『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』の冒頭で、女の子が小さい恐竜にたかられてちょっとずつ食われそうになるシーンが、つくしさんは好きらしくて(笑)。
つくし:大きい怪物に丸呑みにされるより、小さいやつにちょっとずつ食われる方が嫌じゃないですか。
倉田:ああいう生々しい痛さが『メイドインアビス』は上手い。TVアニメでリコの腕が毒で腫れたときも、現実でもこのくらい酷くなるよなって。
──悲惨な描写を軽めに流さず、逃げない感じがします。
倉田:『アビス』ってファンタジーなんだけど、使われているルールがドキュメンタリーとかノンフィクションに準じてるんです。「こうやったら人間は死にます」とか嘘がない。
つくし:そこは『銀の匙』に教えてもらいました(笑)。
倉田:そこなんだ(笑)。「飲んだら傷が全快する」ような回復魔法やポーションが出てこないから治すのも時間がかかるし、リコの腕が動かなくなって後遺症もある。でも、親指だけが動くか動かないかだけで旅の行方は随分変わるって話を楽しそうにしているんです。
つくし:まだ冒険をやれることが嬉しくてしょうがないっていう。
倉田:腕の負傷を悲劇じゃなくて、あくまで前向きに捉えている。このキャラ付けはすごい。
つくし:タマウガチにやられてオースの街に引き上げられた死体をリコはいっぱい見ているんですよ。もうブクブクに膨れ上がってるやつとか。
それを見ていたから、片腕だけで済んだ自分はチャンスに恵まれていると前向きに考えています。でも、逆に地上にいる人々にとっては、そんな向こう見ずなリコにムカついてる人も少なからずいるとは思いますけどね。
──空気は読めないし街中の電気を落としますしね(笑)。会社勤めはできないけど世界中を感動させる歌が歌えるみたいな、社会不適合者が特定の場所でだけすごく才能が光るような感じがします。
つくし:それです! 『神々の山嶺』でめっちゃ好きなセリフがあるんです。
「おれはゴミだよ。ゴミ以下の人間だ、山をやっていなけりゃ。山に登らない羽生丈二はただのゴミだ」
というものなんですが、リコもまさに同じ人種なんですよね。
©つくしあきひと/竹書房, ©2017 つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス製作委員会
ボンドルドとリコの関係は「レクター博士とクラリス」に似ているNEXT
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