2021.02.11
ビジネスパーソンも必見!「ラーメン」の味と店経営の両面を妥協なく描くラーメン×ビジネスドラマ!『らーめん再遊記』河合単, 久部緑郎, 石神秀幸【おすすめ漫画】
『らーめん再遊記』
この漫画、すべての情熱が枯れた中年以上のオッサンに読んでほしい。
「らあめん清流房」を名店に押し上げ、ラーメン屋のコンサルティング業務の「清流企画」の売り上げは好調。にもかかわらず、ラーメン界のカリスマであった芹沢達也は、ラーメンに対する情熱を失いつつあった。そんな中、自分よりも若手の「東京ガストロノメン」店主・米倉龍大が世界的グルメガイド「ムシュロン」で二つ星を獲得。かつてニューウェーブ系ラーメンの雄として活躍した芹沢の不甲斐なさに苛立つ部下の汐見ゆとり。彼女の計略によって、芹沢vs米倉のラーメン対決がアメーバネットTVで企画される。芹沢は情熱を取り戻し、米倉に勝てるのか!?
『らーめん再遊記』は、「ラーメン」の味と店経営の両面を妥協なく描いた『ラーメン発見伝』『らーめん才遊記』に連なる3作目。
味の美味しさを追求した漫画は数あれど、ラーメン屋を営むには商売として成立させなければならない。そんな経営の難しさにも重点を置いていることがシリーズ共通の特徴だ。
ネットミーム化している芹沢の有名なセリフ「ヤツらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食っているんだ!」など、キレッキレのラーメン経営哲学も今となっては昔。どうやら今作の芹沢には元気がない様子。
パーティ会場で、汐見ゆとりが嘘八百を並べて米倉にケンカを吹っかけたときも「俺はそんなこと言ってない」。
弱々しく汗をかきながら弁解している……だと……あの強烈な皮肉屋・芹沢さんが! 見たくなかったよ、こんな芹沢達也……でも一方で、彼の態度の変化はとても理解できる。
「昭和時代のラーメン」というB級ジャンクフードを脱却して、ラーメンの地位を向上させたニューウェーブ系。自由な創作麺料理としてのラーメンを牽引してきた自負がある芹沢さん。
ある意味で理想が叶った状態。にもかかわらず「何もかも無性に虚しくなってしまった……」と芹沢は吐露する。芹沢の身に起こっている覇気の無さは、その目的が達成されてしまったことの喪失感から来ている。
「ミドルエイジ・クライシス」……人生の中盤以降に差しかかることで、自分自身を振り返る時期。今までの自分とこれからの自分の狭間で、不安や葛藤を抱え、不安定な状態になることを指す用語である。
筆者も40代後半、年々食も細り、体力や気力の低下に悩まされている。残りの人生をどう生きるのか、答えの出ない問いを自分にぶつける日々。芹沢さんの弱体化は、中年以上になれば誰しも経験するスランプなのである。
実際に芹沢のライバルであった「神麺亭」の千葉周児は、「俺の祭りを終わったよ。」と一言残して、同じ悩みの末にラーメン業界から引退する。
そんなミドルエイジの悩みは、作中で評されているラーメンの歴史にも繋がる。
昭和のラーメンは、乱暴な言い方をすれば、腹を満たすためのB級グルメ感が強かった(筆者の両親が中華麺の製麺業で、子供の頃から製麺工場兼自宅で見てきました)
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ニューウェーブ系が、材料や調理法にこだわった創作麺料理として発展していく。ただし、昭和ラーメンのアンチ精神から「鶏ベースのあっさり醤油ラーメン」を好む層を取り込めなかった
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「昭和のラーメン」である「鶏ベースのあっさり醤油ラーメン」を、ニューウェーブ系の方法論で「ハイスペック醤油ラーメン」へと完成させた。新世代の台頭。
コレって戦後サラリーマンの図式、労働スタイルの話にも一部通じるのかなと。
バリバリ働くモーレツ社員(「24時間戦えますか」が賛美された昭和時代
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バブル崩壊後の「新人類」と揶揄された平成中期までの世代
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ライフワークバランスが定着してきた平成後期〜令和世代
世代のくくり方は、勝手なざっくり感。でも今の若い20代がベンチャーを立ち上げたり、意識高く仕事に取り組むモチベーションが注目されている点は、個人的な体験から感じることである。
さておき、ここから芹沢の心にエンジンが再燃していく。「芹沢vs米倉のラーメン対決」を経て、「イカれたラーメン馬鹿」に戻った芹沢の取った行動は……2巻を読み始めてひっくり返った! そこまでやるか芹沢さん……さすがラーメン馬鹿……!
ミドルエイジクライシスとまではいかなくても、「どうも最近やる気が無くなってきた」「昔はあんなに夢中になっていた趣味に没頭できなくなってきた」なんて心身の減退を感じている人は必読。
スランプから脱出した芹沢さんを描く『らーめん再遊記』が、処方箋になるかもしれませんよ。
©河合単, 久部緑郎, 石神秀幸/小学館