2021.04.28
【インタビュー】『声がだせない少女は「彼女が優しすぎる」と思っている』矢村いち「普通の人からしたら当たり前でも、ふたりにしては特別なもの」
声をだすことができない女の子、真白音(ましろ・おと)。彼女はスケッチブックに文字を書いて、自分の意思を伝えている。そのクラスメイトの、心の声が聞こえる心崎菊乃(ここさき・きくの)は、真白のネガティブな思いを意図せずとも感じ取ってしまう。
「私が悪い」「私がもっと…」。
心崎は面倒くさそうに、クラスで孤立した真白に仕方なく話しかけ始めるが──。
コミュニケーションがうまくいかない少女たちがお互いを思いやり、ゆっくり距離を縮めていく温かな作品『声がだせない少女は「彼女が優しすぎる」と思っている』(以下、「声カノ」)。
ふたりの関係はもちろん、周囲のキャラクターたちも含めて描かれる優しい世界はとても魅力的で、読んでいて幸せになれる。みんなそれぞれ悩みはあるけれども、お互いが誠実に向き合うことで、最後にはちゃんと心が満たされていく幸福な作品だ。
今回コミスペ!では、この優しい世界観にリアリティをもたせつつ描いている矢村いち先生にインタビューを実施。キャラクターの魅力や、この作品ならではの演出のさじ加減などたっぷり話していただいた。
(取材・文:たまごまご/編集:八木光平)
Twitterで大きな話題を呼んだ「声カノ」
──まず、この漫画を描き始められたきっかけはなんですか?
矢村いち先生(以下、矢村):Twitterで週一本、4ページの漫画をあげていたんです。キャラ表も大量に作っていたんですが、そのキャラクターの一人に、声がだせない少女と心の声が聞こえる少女がいて、ふたりはどうなるのかなと興味本位で始めたのが「声カノ」ですね。
──今でもTwitterでの反応がすごいですよね。
矢村:意外ですよね、びっくりしました。最初は戸惑いました……。
──ちなみにTwitterに4ページ漫画をアップされる前は漫画は描かれていましたか?
矢村:はい、描いていました。
担当編集(以下、編集):連載を狙って別の作品を描いていましたね。
矢村:今も「声カノ」をTwitterにあげているのは趣味ですよ。
──Twitterの反応で面白いものは有りましたか?
矢村:自分が考えていること以上に、深堀りして考察して下さっている人は多いですね。
──タイトルも印象的ですが、これはどのように名付けられたのでしょうか?
矢村:自分、タイトルセンスがなくてですね……。他にも5・6個案があったんですけど、担当さんは苦笑いで……。馴染み深さとわかりやすさでこれになりました。長すぎて覚えられないんですよね。
編集:それはあるかもしれませんね(笑)
言っていいセリフの、線引き
──ヒロインの真白はしゃべれない設定でスタートしているんですが、この子を描く際にこだわっていた部分はありますか?
矢村:初めの方は苦戦しましたね。おとなしい目つきのキャラクターを描いたことがなかったので。どちらかというと心崎さんの方が描きやすいんです。
──しゃべれないキャラと、心を読めるキャラ、ふたりを描き始めた手応えはいかがでしたか?
矢村:真白は最初、何を考えているかわからないキャラでした。多分、序盤の真白音はそんなにタフじゃないですし。心崎に会ってからはどんどんタフネスになっててやばいですけどね(笑)。
一方で心崎はヒーロー役も兼ねているイメージです。なんでもできそうだけど少し欠点もある。結局、真白よりも心崎のほうがメンタルは弱いんじゃないかって感じています。
──このふたりのコミュニケーションは、作者としてはどのくらいの深度で考えて描いておられましたか?
矢村:普通の人からしたら当たり前のコミュニケーション、でもふたりにしては特別なもの、ですかね。
──「普通のコミュニケーション」って具体的にどのようなものでしょう?
矢村:人と話して、学校を卒業したら「あの時間は特別だったんだな」って感じられるくらいの距離です。まあ心崎と真白の関係は親友だとは思いますけれども、普通でいうと、大人になっても切れないくらいの縁でしょうか。
──それを言葉にしていこうとする真白と、言わなくてもわかるよという心崎さんがいると思うのですが、心崎のセリフとか真白の描き文字とかは、どこまで発言OKにされているのでしょうか?
矢村:……自分が恥ずかしくならないラインです(笑)。ここまでは流石に言わないだろう、って自分が冷静に思っちゃう。ここまでは心の中の声だな、って言うリアルな発言との線引はありますね。絶対これ言わないだろう、の一歩手前までは言わせています。
──具体例はありますか?
矢村:大宮の「向かい合ってみてよかったな!って」とかですね。3巻のおまけの2、フードコートのシーンですね。あれが自分の中で結構ギリです。
──これはセーフですか?
矢村:ギリセーフです(笑)
編集:頂いた時、「こんなことなかなか言えないと思います」って言った記憶ありますね(笑)
矢村:しかも二回言いましたよね!(笑) 「それ前も聞きました!」って言いました!
──少女漫画ならよくあるセリフだとも思いますが。
矢村:そうなんですよね。とはいえ少女漫画を描いてる方でも、こういうセリフはやっぱり恥ずかしいって言ってる方もいましたよ。
編集:この漫画だからこそ、ある程度ストレートな恥ずかしいくらいのセリフがあっている気がして、先生には「恥ずかしいですね!」とは言っても漫画としては「素晴らしいな」と思っています。
矢村:描きながら「これは少女漫画と同じ!」って思いながら描いています(笑)
──心崎さんが聞こえている声は、恥ずかしいのもOKなんでしょうか?
矢村:そこはOKですね。心の中ではみんな恥ずかしいことを思っているでしょ?って思ってますね。この作品はすごい純粋な子たちが集まっていますよ。
矢村先生の考える「優しい世界」とは
──メインじゃない学校の子達がめちゃくちゃ素でいい子だなと、印象に残っていました。
矢村:「声カノ」には、読者が胸くそ悪いなって感じるような子は出しちゃいけないっていう認識があります。悪いことをしたとしても、すれ違いや思い違いなどの原因があって、普通に考え方の一つとしてありえる。描いていいのは、視点が違ってただむかつくだけ、みたいな人物ラインだと思っていますね。いじめみたいなことをする子は描かないです。
──なぜそこにこだわられるんですか?
矢村:優しい世界、っていうテーマで描きたいからっていうのはありますね。そこまで現実みたいに汚くする必要はないかなって。
──矢村先生の考える「優しい世界」ってどのようなものだと考えておられますか?
矢村:何もしなくても友人が助けてくれるとか。体調悪かったら家まで来てくれる、みたいな支え合いが当たり前な状態のイメージです。
──真白は最初、心崎さんに出会うまではクラスにあったはずの「優しい」世界がわかっていなかったんでしょうか?
矢村:1話目は単発で終わるつもりで、周囲の人達をまだ出すつもりはなかったっていうのもありますね。一見のモブだったら描ける性格も、クラスメイトだったらそれを描くのは違うかなって考えて調整したりもしています。
ファンのヘイトが向いた、キャラのことをフォローするためにTwitterで描いている時もあります。最初の一本を描いた時に「先生がクズすぎるんじゃないか」みたいなリプライが結構きたので、「最低な教師の話」を描いて補完していましたね。普通にあの先生はいい先生だと思いますよ。
──作者の中では「悪い子はいない」という考え方なんでしょうか。
矢村:実際に性格悪い子も、深くまで考えていけば悪くないって子多いですよね。性格の悪いキャラって、他の漫画でもキャラが立ってますしね。実際問題、本当に性格悪い人ってそうそういないでしょう?
©矢村いち/秋田書店
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