2021.05.30
名言、名場面のオンパレード。異形のファンタジー世界を描いた、世界中で愛され歴史にのこる名作!『ベルセルク』三浦建太郎【おすすめ漫画】
『ベルセルク』
「それとも お前、何十年も修行して達人にでもなるのを待ってから戦場に出るつもりか? 気の長げェ話だな」
『ベルセルク』を読んだことがない人でも、このセリフは目にしたことがあるのではないでしょうか。長く時間をかけて基礎を学んでから行動しても遅すぎる、「やりたかったら、今やれ」という、主人公・ガッツのぶっきらぼうなハッパのかけ方。
このセリフに救われた漫画家はどれほどいるでしょうか。否、クリエイターではない筆者の心にも刺さり続けている至言です。
私が個人サイト「かーずSP」を20年前に始めた時、初めて出版社から記事の依頼で声をかけられた時、同人誌を作ろうと決意した時。いつも力不足に喘いで、できない自分に自己嫌悪する日々。
だって世の中には、自分よりも優れたテキストや同人誌がいっぱい溢れているんだから。他人の成果物と比較しては落ち込むばかり。でもそんな時、常にこの言葉が頭をよぎるんです。
「今 手持ちのコマでやりくりするしかねェだろ」
盟友・グリフィスと袂を分かち、復讐に身を焦がすガッツ。常に死と隣り合わせの苦難に挑み続けているからこその説得力であり、背中にしょった巨剣「ドラゴンころし」の如き重みが感じられるセリフ。
そう、ガッツの旅路は常に死と隣り合わせの困難に満ちています。「生贄の烙印」が夜な夜な魔獣をおびき寄せ、人の身でありながら超存在のゴッド・ハンド(神の手)に挑みます。
戦いで毎回瀕死の重体を負っているし、肉体と精神に過大な負荷がかかる狂戦士の甲冑。ガッツが骨折したら、鎧の内側から棘が突き出て無理やり骨を固定する仕様……書いているだけで痛そうです。
だけど、そんな目に遭いながらも突き進む、ガッツの強さに惚れるんです。海に巣食う海神の内部に潜り込み、衝撃音で五感が失われてピンチでも、口をついて出るのは弱音じゃありません。
「追い詰めてるのは こっちだ」(37巻より)
ガッツは、状況がシビアになるほど減らず口を叩きます。肉体的な強さは無論のこと、肉体を凌駕する精神の強靭さに、我々読者は打ち震わされるんです。凄まじい生命の危機に瀕しても、決して諦めず、死中に活を求める。貪欲なまでに勝利し、目的に固執します。
魔に立ち向かうガッツのタフな心身こそ、原始的な人間の理想を体現している。だからこそ、世界中に愛され、読まれている。
日常生活で、人間関係で、仕事で。「嫌だな」「ムカつくな」と辛い目に遭うたびに、ガッツの逞しい姿を思い起こします───「こんなちっぽけなこと、大したことねェだろ」。
そこまでの説得力を持たせられるのは、三浦建太郎という天才の持つ、想像力と画力のなせる技でしょう。
誰もが経験したことがない、魑魅魍魎が跋扈する異世界のファンタジーを、さも見てきたかのように描きます。先ほどの海獣編ひとつとっても、丸いサボテン状で口が縦に裂ける化け物、うねる大量の触手の先に目玉がついている粘膜体。
クジラやナメクジをベースとしつつも、現代の生態系にはない、歪でキモい魔性の生物。幽界の存在であることがひと目でわかるビジュアルのインパクトたるや。
『ベルセルク』に登場する「魔」は、どれもこれも、読み手の生理的嫌悪感や恐怖心を刺激する禍々しいデザインで構築されています。他の作品では見かけないオリジナリティの塊。
三浦建太郎先生は、イマジネーションに対する解像度がケタ外れに高いんです。
そんな想像力を具現化する画力の高さもまた、言うまでもなく超一流。線の一つ一つに込められた筆致が絵となり、コマとなり、ページとなり、物語を紡ぎます。
漫画という形式ではあるけども、これはもう、神話を創造しているに等しい。ガッツが巨剣を振るう一枚絵は、まるで宗教画のように人々を惹きつけてやみません。
卓越したイマジネーション、絵の才能、物語を紡ぎ、人を楽しませるエンターテインメント性。一人の人間が、すべてを兼ね備えている奇跡の存在が三浦建太郎先生なのだと感じます。
孤独なガッツに仲間が増えていく過程も胸を熱くする、私が好きなポイントです。絶望と復讐に囚われ、他人をまるで信用しなかったガッツが、奇縁でパック、イシドロ、ファルネーゼ、セルピコ、シールケ、イバレラと共に旅するようになります。
狂戦士の甲冑に飲み込まれそうになったガッツを、危険を承知で抱きしめるシールケ。無事にガッツの精神を鎧から引き剥がしたシールケに対して、
「助かった。恩に着るぜ」
ファルネーゼが、仲間の船を霊的に守護する「四方の陣」の術をかけた時に、
「留守は任せた。お前が俺たちの盾だ」
1997年に刊行された14巻の「蝕」から幾星霜。あれだけ他者を寄せ付けなかったガッツが、仲間に信頼を寄せるほどに変化しました。その人間的成長には感無量というほかありません。
「蝕」の恐怖で発狂し、幼児退行に陥ったキャスカが無事に自我を取り戻した40巻には本当に救われました。
まさにこれから、ガッツがグリフィスとの因縁にケリをつける大団円に進もうという最中での、三浦建太郎先生の逝去。
あまりにも惜しまれる天才の早世ではありますが、三浦先生が生み出した『ベルセルク』が世界中で愛されて、多くのものを残してくれた偉業に変わりはありません。この先の筆者の人生でも、辛かったり挫けそうになるたびに、心のうちにあるガッツの魂がきっと吠えます。
「こんな所で…くたばるかよ!!」
三浦建太郎先生のご冥福を、心よりお祈りいたします。
©三浦建太郎/白泉社