2021.10.03
派遣切りを宣告されたその日、一夜を共にしたイケメンは不倫常習&盗撮マニアだった…。文春オンラインで連載中の泥沼不倫恋愛劇!『悪いのはあなたです』ふせでぃ【おすすめ漫画】
『悪いのはあなたです』
本日のピックアップは、以前このコーナーでも紹介した『明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません。』の作者・ふせでぃ先生の新作。同じ文春オンラインで連載中の泥沼不倫恋愛劇『悪いのはあなたです』だ。
主人公の名は莉子。派遣社員だが会社にクビをきられ、預金残高は8万円。夢だけ語ってうだつの上がらないミュージシャンの男と同棲中。開幕早々から見事な崖っぷちに立つ29歳の女性である。
そんな彼女がやけ酒を呑んで身も心もふらついていた時、階段で転んでうっかり一人の男性にぶつかる。ツトムと名乗るイケメンは優しい物腰で逆に莉子を気遣い、はずみで服が汚れた彼女に全身一式の新品をプレゼント。さらにオシャレな店で上等な食事までおごってもらった莉子は流されるままにホテルへ連れ込まれ、肉体関係をもってしまう。
怪しい。こんなにスマートでハイスペックな男が都合よく接近してくるなんて。
そう思ったら案の定。この男、じつは所帯持ちで不倫の常習者。おまけにナンパして喰った女の媚態を撮影しては録画をコレクションするのが趣味の盗撮マニアだった!
しかし莉子は変態のえじきにされている状況に気づかないまま、恋人がいるのに既婚者と寝てしまったと浮気な自分に思い悩む。それでいてツトムに惹かれる気持ちは捨てきれない。
一方、莉子の恋人であるタクマもこっそり別の女と関係をもっていた。その女も既婚者のうえに莉子の身近な人物で……。かくして、浮気と不倫の連鎖が続く。この泥沼の果てに待つ破局とは、いったい?
本作がうまいのは、サスペンス仕立てで読者の興味を持続させる手際だ。
第1話の冒頭で何らかの殺人事件が起きて逮捕される人間が出るという予告的な導入が本編全体に残響しており、登場人物のだらしなさ・身勝手さに対して同情できなくても「この連中が最終的にどうなるんだろう?」と見届けるモチベーションがつなぎとめられるわけだ。
また、20代の終わりという莉子の年ごろからくる趣も絶妙なさじ加減。若気の至りを言いわけにできる最後の時期、人生のすべてにふらふらと心迷う人間像そのものは誰にでも当てはまる抽象たりえている。“同情・共感はできないが、わかる”という、読者とキャラクターのちょうどいい距離感。これこそはサスペンスの強みだ。
もっと言うと、莉子がハマった浮気は純真なロマンスよりも先に「お金がなくて将来が不安」という頼りない精神状態をリッチな男につけこまれた側面が大きく、生活に余裕があれば流されなかった可能性がある。つまり恋愛のありかたは経済力に左右される、というミもフタもない様相がやるせなさを増幅させているところに注目したい。読者は浮気を肯定できなくても、景気の悪さにあおりをくらう身のわびしさのほうは“わかる”だろう。
劇中、「選択ができるというのはとても贅沢なことだ」と莉子は独白する。
まさにそこが要点だ。人との付き合いも選択によるものであり、生活が苦しければそのぶん人間関係を選り好みする幅は狭まる。そうすると浮気に限らず何らかの形で、甘い誘惑の一本道に引きずり込まれやすくなる。その先が行き詰まっていると薄々感づいていても、引き返す強さは簡単にもてるものではない。元に戻ってもいいことなんてないんだから、目先の気持ちよさがあるほうへ溺れてしまいたくもなる。それを許せというわけではない。ただそういうことはある、そういう人間はいる、という話だ。
世間全体が余裕をなくしている今のご時勢、甘いドン詰まりに向かう主人公を単純にクズと切り捨てられるものだろうか。そんなふうに、読者の思考にねっとりからみつくような造形を味わえる作品だ。
なお単行本は第1巻が2021年9月30日発売。ついに死傷沙汰のとっかかりが生じるインパクトの強い回で引くので、いまから次巻が待ち遠しい。
©ふせでぃ/文藝春秋