2019.06.21

【インタビュー】『ヴィンランド・サガ』幸村誠「『暴力が嫌い』を描きたかったら、描く世界は暴力に満ちたほうがいい。」【アニメ化&22巻発売記念!】

「暴力が嫌い」を描きたかったら、描く世界は暴力に満ちたほうがいい。

──ヴァイキング時代は、現代の価値観とはまるで違う世界ですよね。

幸村:現代と千年前。最大の価値観の違いは「暴力」だと思っています。当時の男性の持つ暴力性や攻撃性というものが、あまり否定されていなかった時代。むしろ強い男が礼賛されて、他所へ出かけて人を殺して、金品を奪い持ち帰る……今からすると、ただのとんでもない奴らですけれど!

──現代社会だとまず認められない。

幸村:でもそれが英雄だと認められた時代が、千年前の北欧の文化圏にはありました。その価値観だからこそ、描けるものがあるんです。現代では、喧嘩をして殺したり殺されたりするくらいなら他所へ逃げますって人がいても当たり前、普通の考えじゃないですか。私も臆病なので、本当に喧嘩するくらいなら、さっさと白旗を挙げます(笑)。

でもヴァイキングの世界で、トルフィンが「暴力を振るって生きるくらいだったら、私は他所へ行きます」って宣言することは、大変勇気があることだったと思います。この社会の中でやっていけないのは覚悟の上だという、寂しさというか、悲しさというか……。今では普通の考えが、ヴァイキングの時代では際立つんです。

──幸村先生は、暴力は苦手とおっしゃる一方で、残酷な表現を逃げずに挑んで描かれています。よく創作の作法では「自分の得意なもの、好きなものを描くほうが良い」と言われますが、それとは逆ですよね。

幸村:「好きなもの描けよ!」っていうのが普通なんですよね、おっしゃる通りです。でも私の場合は『ヴィンランド・サガ』を描こうと決めた時から、逆算の考え方で作っていったマンガなので、致し方ないと思っています。

──逆算、ですか。

幸村:マンガには「これを表現できたら成功だ!」というテーマがあります。例えば「友達が大事」というテーマを活かすにはどうしたらいいか。「友達をまったく作ることのできない、呪いのかかった世界」にしよう。そういう風に逆算して考えていくんです。

『ヴィンランド・サガ』で「暴力が嫌い」を描きたかったら、その世界は暴力に満ちたほうがいい

暴力が嫌いだからこそ、徹底的に暴力に満ちた世界を描き切る

真っ黒い布の上に白い碁石を置けば、その白さがよく引き立つわけです。白い布の上に、白い碁石を置いたって「そこにあるの?」って気づきません。闇の中でこそ、光は輝くのです。

──愛を描くために、愛のない世界を描く、みたいな。

幸村:まったくそれです! そうして私は、逆算でどんどん選んでいくわけです。一番描きたいものを、もっとも描き表せる世界観、登場人物、物語、筋、ビジュアル。その流れでいくと、人殺しに手加減をしてはならぬ、となります。

「ああ、こんな世界で暮らすの嫌だ」ってみんなに思ってもらわなければいけません。「酷い! 死が理不尽だ!」その辛い世界をトルフィンと一緒に「嫌だなあ」と思ってもらえたら、描いた甲斐があったと思えるんですね。

──その結果、全然愛がない世界で、ヴァイキングが通過するだけで村が全滅させられたりする。

幸村:そうですね。もう、酷すぎる! 第4話までのアニメを視聴した時も「なんだよこれ!? ひでぇだろこれは! ダメだよぉ!」ってマジ泣きしましたもん。もう本当にあれはない! 酷すぎる!

──(笑)。では描いていて楽しい部分はどこでしょうか?

幸村:……描いていて、楽しいのか、俺……あれっ? 楽しいって? ないのか!? 俺には!?

一同:(笑)

幸村:あ、たまに「良い表情が描けた」って瞬間があるんですよ。「戸惑い4:嬉しさ3:やや怒り3」みたいな割合の適した顔がピタッと描けた時、よっしゃー、よしよしよし! って楽しくなります。

──いくつか具体的に教えてください。

幸村:あ、これ良い顔してますね! 奴隷になって最初に見せたトルフィンの顔、こだわってます。今までのトルフィンと同一人物?って意外な顔を描いたんです。

──これは「絶望10」くらいですか?

幸村:「惰性で生きている10」または、「特に死ぬきっかけもないので生きている10」ですね(笑)。このあたりのエイナルなんかは表情豊かで、怒ったり笑ったりを激しく描こうと思っていました。

幸村行き過ぎてもダメですし、足りなくてもダメです。「ここではこの顔!」っていうのがピタッとバランスよく描けた時、「やったー!」って達成感が生まれます。そういう小さな満足の繰り返しはありますね。

──表情が行き過ぎてもダメなんですか?

幸村:オーバーに驚いているとか、「今はそんなに悲しいわけじゃないだろう、この人」とか、「眉毛がちょっとだけ傾いてれば違ったのかな?」とか、後から読み返して反省したりもします。

──ドラマの演技指導にも通じる話のような。

幸村:ああ、確かにそうですね。

──描いていて苦労した、悩んだ点はありますか?

幸村:……もう本当に、悩んでばかりです。才能がないんです。とにかく本当に能力があったら、もっと早いです。

──執筆スピードに関して、お悩みになられている?

幸村:それはもちろん悩みます。毎度毎度ネームに悩み、原稿に悩み……きっと天才って悩まないんだろうという気がしています。悩まずにすぐに答えを見つけて、それをサッと体現できる……うわー羨ましい! 岸辺露伴が羨ましい!

(※岸辺露伴:荒木飛呂彦先生の作品『ジョジョの奇妙な冒険Part4 ダイヤモンドは砕けない』『岸辺露伴は動かない』に登場するキャラクター)

──ぴゅっと墨を飛ばしてベタを塗ったり(笑)。

幸村:あれいいなあ~! あれ、スタンド能力じゃないんですよね~! 岸辺露伴の実力なんですよね。私はいちいち悩んで、すぐに最適解が出ないんです。

──悩み抜かれたからこそ、ここまでクオリティの高いマンガになっていると思いますけれども。

幸村:救われます、そう言ってもらえますと。

作者的にも、トルケルには救われた。

──ここは守っている、これは絶対にしない、キャラクターにさせないなど、ルールやこだわりはありますか?

幸村:クヌートにはおちゃらけたことはさせないとは思っています。あとトルフィンは根底に、いつでも自己否定の気持ちを抱えていること。奴隷編以降のトルフィンには、自己を卑下している気持ちが常にあることを忘れまいとしています。

「自分は人殺しで、大勢の人に迷惑をかけて、今ものうのうと生きて、何か罪滅ぼしをしたわけでもない」という思い。笑っていようがご飯を食べていようが、いつもトルフィンは心の棘を持っているということを忘れないようにしています。

トルフィンに、常に「過去」が呪縛となりのし掛かる

──奴隷編の最後から、コミカルな描写が増えたように思います。

幸村:トルフィンの幼少時代と奴隷時代は、ギャグを挟む隙間がなかったんです。トルフィンの混迷と悩みと若さ故のいらだちや、怒り、真面目さ。そうしたものが色濃いので、そうそう笑わせちゃいかんって。本当は多少、コメディリリーフ的な人物も入れていきたい気持ちはあったんですけれども、笑わせどころが見つかりませんでした。

でもそんな中、トルケルがいて助かりました。トルケル、なんっにも考えてませんから! トルケルの良いところは、誰も恨んでない、なんにも悩んでいない。殺すことも殺されることも全然気にしてない。トルケルは気持ちのいい男です。ああいう風に生きられたらいいなっていう、一つの形ですよね。

豪快な男、トルケル

──重たい話を描きつづける中で、トルケルがホッとさせる存在ですか?

幸村:そうです。本当にアレは助かるヤツでした。戦闘をエンターテイメントにしてくれるし、絵面もバーっと派手になってくれるし。で、気持ちが明るい男だから、一息つけるんですよ、残酷なんですけれどね! 彼が仕切る残酷はなんとかなる!(笑)

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