2019.11.19

【インタビュー】『明日ちゃんのセーラー服』博「明日小路は最初、”空っぽ”なキャラクターだった」

とある田舎の名門女子中学・私立蠟梅(ろうばい)学園。ブレザーの制服に憧れて入学する生徒もいるこの学園には、なぜかひとりだけセーラー服を着ている女の子がいた。

スカートのプリーツをはためかせ、セーラーカラーを翻しながら、学園内を所狭しと駆け回る。『明日ちゃんのセーラー服』は、見る人すべてを笑顔にする。

読者のとなりにいてほしいキャラクターという、「となりのヤングジャンプ」のテーマにふさわしいヒロイン・明日小路(あけび こみち)はいかにして生まれたのか? 単行本6巻の発売を記念して、作者の博(ひろ)先生にインタビューを実施しました。

(取材・文:ましろ/編集:八木光平

”動き”のある絵を追求した結果、背景もコマもなくなった

──単行本6巻の表紙は、明日ちゃん、木崎さん、兎原さん、龍守さんの4人なんですね。5巻までは明日ちゃんひとりのイラストで統一されていたので新鮮でした。

博先生(以下、博):特に縛りがあったわけではなくて、今まではたまたま明日ちゃんひとりの表紙が続いていた感じですね。6巻では明日ちゃんが友達と街に遊びに行くという、他のマンガなら1巻のころにやっているような話がようやく描けたので、4人でプリクラを撮ったときのシーンを表紙にしました。


単行本6巻書影

──1巻の表紙は明日ちゃんがアイドルの幹ちゃんのポーズを真似ているシーンで、あちらは作中のイラストを流用されていましたね。

:最初はイラストを描き下ろす予定だったんですけど、1巻の装丁の打ち合わせでデザイナーさんに「例えばこんな感じで」と仮組みしてもらったのがあれだったんです。見た瞬間にこれだ! ってビビッときて、そのまま表紙に決まりました。


単行本1巻書影

自分はどうしてもキャラクターの全身を描きたくなってしまうから、マンガ本編も引きの構図になることが多いんですよね。デザイナーさんのセンスで顔の部分をばっさりトリミングしてもらったおかげで、とても印象的な表紙になったと思います。

──博先生はこれまで芳文社やKADOKAWAの雑誌で連載されていましたが、集英社の「となりのヤングジャンプ」で描くことになったきっかけは何だったのでしょうか。

:「コミックアライブ」(KADOKAWA/メディアファクトリー)で連載していた『ゆめくり』が終わる半年くらい前に、集英社のヤングジャンプ編集部さんに声をかけていただいたのが最初のきっかけです。

ありがたかった反面、自分の描くスピードで週刊連載は絶対無理だと分かっていたので、正直なところあまり乗り気ではありませんでした。それでもよければ話だけでも……と打ち合わせをさせてもらったんですけど。

──その打ち合わせの中で考えが変わっていったと。

:自分の中では集英社=週刊連載というイメージしかなかったので、思っていたよりも色々な選択肢があるんだなと。次の仕事も決まってませんでしたし、じゃあ何か話を考えてみますとお返事したという流れになります。

──女子中学校が舞台の日常ものという設定に決まったのは、どういった経緯からですか?

:何度も担当さんと話していく中で見えてきたテーマが「箱庭」だったんです。

──箱庭、ですか。

:特定の主人公はいなくて、第三者視点で女の子たちの学校生活を見下ろす感じ。スポーツものだと、卓球にしろテニスにしろ基本的にひとつしか描けなくて……と思いました。学校生活全体をテーマにすれば、自分がそのとき描きたいものを自由に描けると思ったんですよね。

それでとりあえず、キャラクターを何人か考えてみることにして。明日小路という女の子もその中にいました、当時はまだクラスメイトのひとりでしかありませんでした。

──初期の案では明日ちゃんは主人公じゃなかったんですね。高校でなく、中学1年生という年齢設定には理由があるのでしょうか。

:なるべく、キャラクターたちの「初体験」を描きたかったからだったと思います。高校生だともう色々な経験をしているだろうから、それなら中学生のほうがいいかなと。

そこまで決まってからですね、明日ちゃんが主人公になったのも。自分で描いたクラスメイトたちの立ち絵をぼーっと眺めているときに、この子を主人公にしたらいい感じに動いてくれそうだと思ったんです。色々なものに興味を持つだろうし、物怖じせず誰とでも話せそうだし、と。

──タイトルにもなっている、明日ちゃんの「セーラー服」についても伺えれば。

:ひとりだけセーラー服を着せようという流れになったのは、第1話のネームを考えている最中でした。担当さんと喋っていたとき、「制服違うとかどうですか?」「いいですね」というような話になって。

明日ちゃんって見た目は純和風ですけど、ある意味すごくファンタジーな女の子なんですよね。感情移入しにくいといいますか。そんな子がひとりだけ違う制服で学校に行ってしまったりしたら、大丈夫かな、がんばれって、読者さんにも明日ちゃんの気持ちに寄り添ってもらえるんじゃないかと思ったんです。

──そういった経緯からだったんですね。てっきり、「セーラー服が描きたい!」という博先生の強いこだわりがあるのかと思っていましたが……。

:もちろんセーラー服は好きですけど、メインテーマではなかったです。ブレザーも好きですし。

たぶん、セーラー服がというより、服を描くのが好きなんだと思います。生地によって違う質感とか、スカートのプリーツとかふくらみとか。普段なにげなく着たり見たりしている服がどんなパーツでできているかを調べて、それを絵で表現したいという欲求が強いです。

──博先生の絵柄についてですが、前作の『ゆめくり』と比べてだいぶ変わった印象があります。自然と変わっていったのでしょうか。

:絵柄はわりと意識して変えました。学生のころアニメーターを目指していたのもあって、昔の絵は結構アニメっぽいんですけど、自分が本当に描きたい絵って何だろう? と思うようになってきて……。

「明日ちゃん」の連載を始めてからは、目のハイライトの描き方を全部変えてみたり、髪の毛の1本1本にもとことんこだわってみたり。時間などは度外視して、自分の好きなように描いてみようと吹っ切れました。

──1巻のバク転のシーンには、その博先生の並々ならぬこだわりが感じられました。背景もコマもない空間で明日ちゃんが飛び跳ねていて、もはやアニメの原画を見ているみたいで……。

:ありがとうございます。自分は絵を描くときにどうしても「動き」を想像してしまいます。動きを表現するためには指先や髪の毛の端っこも大事だから全身を描きたくて。そうすると必然的に、背景やコマの入る余地がなくなるんです。


バク転のシーンは新体操やバレエの選手の映像を参考にしながら描いたんですけど、どの瞬間もかっこいいから削りたくないと思っていたら、いつの間にか全部描いてしまってました。

その原稿を恐る恐る当時の担当さんに見せたところ、「これいいですね」って言ってもらえたんです。そこで「やりすぎです」と言われていたらバッサリ没にしていたと思うので、最初に褒めてもらえたことがあの表現につながっていますね。

──あの表現もWEBならではといいますか、紙の雑誌ではできなかったかもしれませんね。

:そうですね。雑誌だと、ページ数から逆算して何を描くかを考える必要がありますし。話の途中にカラーページを挟んでみたり、今は自分のやりたいことができているので本当にありがたいです。

明日ちゃんには”性格”がない?NEXT

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