2020.08.22
実在する「私掠船」の航海士、ウィリアム・ダンピアの冒険を描いた歴史漫画!『ダンピアのおいしい冒険』トマトスープ【おすすめ漫画】
『ダンピアのおいしい冒険』
本日は「マトグロッソ」で連載中のWebマンガ『ダンピアのおいしい冒険』を紹介しよう。
時は17世紀、ヨーロッパ諸国が新大陸を舞台に植民地支配でしのぎを削っていた時代。なかでもスペインが群を抜いて勢力を拡大したのに対し、遅れをとった英国は変化球を駆使して巻き返しを図っていた。
その変化球とは、正面きっての戦争では勝負をしかけず、民間の武力を前線へ送り込むこと。
具体的には、カリブ海において武装した民間船が敵国の船を攻撃し、積み荷を奪う行為へ許可を与えたのだ。その免許を私掠免許(しりゃくめんきょ)、そして私掠免許を備えた船を私掠船(しりゃくせん;プライベティア)という。
ミもフタもない表現をするなら“国とつるんだ海賊”である。マンガ『ONE PIECE』の王下七武海やSFアニメ『モーレツ宇宙海賊』(原作小説『ミニスカ宇宙海賊』)の設定のネタ元、と言えばピンとくるかたもおられるだろう。
彼らは正規の海軍船ではない。だからスペインの船を襲おうがスペインが領地にしている街を焼こうが、英国政府は「いやー、民間人が勝手にやったことなんで。国としてケンカふっかけたんじゃないっすよ」と言い訳できるわけだ。
かくして英国はうまいことスペインの海上通商路を破壊しつつ、植民地大国の座を奪い取っていく……。
さて、そんな大きな背景のもと、とある私掠船の航海士が本作の主人公として浮かび上がってくる。彼の名前はウィリアム・ダンピア。1651年生まれ、1715年没。実在の人物である。
おお、ダンピア! その一度の人生で世界を三周した男。イングランド人で初めてオーストラリアとニューギニアを探検した男。幾たびにもわたる航海で豊富な記録を持ち帰り、ヨーロッパ人の知的水準が中世から近代の科学へと移り変わる後押しをつとめた男。博物研究へ身をささげた学徒の海賊。
『ダンピアのおいしい冒険』は、そんなダンピアがまだ一介の船乗りだった30代前半を幕開けに、海賊生活のなかで未知の動植物・文化・人などあらゆるものをどれほど好奇心豊かに見つめたか追いかける歴史マンガである。
とくに、海上や上陸地で調達した珍しい食材を口にするシーンが折々に挟み込まれているのが見どころ。サメやトドといった動物のほか、ヤシの木の葉を剥いたなかにある“キャベツ”など、興味をそそられるものが次々と調理されていく。まさに題名どおり、おいしい冒険だ。
考えてみれば、未知の土地でとれる食べ物は大量の情報へアクセスできる重要な手がかりだ。その動植物が生存できる自然環境、それが成り立つまでの歴史、現地にその動植物を食べる人間がいるならその生活風俗などなど。
なるほど、博物学に情熱を燃やす人間がグルメにも熱心なのは納得がいくなあ……という部分を、読者が親しみやすく理解できる仕立てになっている。
なんといっても絵柄がいい。例えば優れた児童向け学習マンガがそうであるように、あるいは日本史マンガの傑作大長編『風雲児たち』がそうであるように、うまくディフォルメを効かせた人やモノのデザインは、描写される情景から出来事のエッセンスを抽出して叙情と叙事のバランスを最適化する。
敵国と殺し合いを繰り広げ、略奪行為に手を染め、ときには仲間うちでさえ生死を駆け引きする関係に陥る海賊たちの過酷な旅を描きながらも、本作は決してドロドロしすぎず、かといってドライにもなりすぎない。複雑に入り組んだ歴史のアヤを見せながらも、それをかいくぐって「あらゆる未知にふれ、知ることで世界を制したい」というダンピア個人の強烈な欲求が真っ先に、ちょうどいい塩梅をもって読者に伝わってくる。そう作用する力をもったビジュアルになっている。
ヨーロッパの壮大な政策と、海賊という荒くれた稼業と、研究者の熱い開拓的な理念。それらが“征服”という観念レベルで一枚のレイヤーにまとまる絶妙な構図は、17世紀という時代そしてダンピアという人物を取り上げることによってのみ描けるものだ。
そういう、バシっと決まった感覚が楽しめるマンガなのである。
©トマトスープ/イースト・プレス