2021.08.04
パンデミック後、マスク着用が常識となりお互いの顔を知らなくなった世界で恋が芽生える近未来ラブストーリー『ニューノーマル』相原瑛人【おすすめ漫画】
『ニューノーマル』
パンデミック後、マスク着用が常識となりお互いの顔を知らなくなった世界で恋が芽生える
コロナ禍が長く続いて、マスクを着用するのが当たり前になってきた。今の日本の町中でマスクなしで歩いている人は全くいない。マナーをしっかりまもっている証としてこれは褒められるべきこと。ただ同時に、通りすがりの人の顔を全く認知できない社会が生まれた。相手のしゃべるときの口元がわからない日が来るなんて、誰が思っただろう。
『ニューノーマル』はとあるパンデミック後を描いた近未来SF。マスクで顔を隠すことが義務付けられ常識となった世界を描いている。多少フィクションとしての誇張も多いものの、現在の社会状況と重なるところがかなり多めで、なかなか刺さるものがある。
マスクで顔を覆うことが、衣装のように「文化」になる。そうすると、相手の顔を一生知らない可能性が当たり前になる。クラスメイトであろうと友人であろうと、目しか見えない。
秘すれば、それが見たくなるのが人間というもの。この世界ではマスクの下の素顔を見せることが、裸を見せるかのようなセクシャルな行為だと描かれている。
少年秦(はた)はある日、たまたまクラスメイトの少女夏木(なつき)がマスクを外して水を飲んでいるシーンンを見てしまう。本来絶対見ることのない、柔らかそうな唇に心奪われる秦。
後日、夏木は秦を呼び出す。
「私のくちどうだった?」「他の人の顔…見たコトないからわからないけど……僕はっすごく…っき…っ綺麗だと思った…っ」
秦は夏木に迫られ、マスクを外す。その素顔を見た夏木もすっかり動揺。以降ふたりは、お互いの口を見せられるインモラル感あふれる特別な関係になる。
価値観が「見せない」ところに産まれる流れは、本来の目的(パンデミック対策)とは異なる部分だ。しかし一度生まれた「恥じらい」の感覚が定着すると、その中でうまれる恋や性の形は変わっていく。人間が裸を見せない常識が、口になっただけ。誰もいない空間でマスクを外し、ふたりで深呼吸をするシーンがあるのだが、秘密を共有する信頼関係はまるで爽やかな性行為のよう。序盤はギャグみたいに見える口を隠すやりとりも、読んでいくとどんどん艶めかしさを増していく。
徹底して口を見せないため、食事やスポーツのようなマスクが邪魔なシーンで口をどう隠すかが、特異に描かれているのも面白い。ソーシャルディスタンスを保ちつつ、顔を見せないようご飯を食べるために学校の構造が変わっているのもなかなかにSF。間違いなくフィクション、でも絶対にないと言い切れないリアリティがある。
物語は1巻後半から規模が大きくなり、マスクなしの生活をしている男が登場してから、誰も知らない「壁の向こう側」の話なども出てくる。2巻以降はこのマスクのある生活文化と、そこに隠された事実が描かれていきそうだ。
ただそれは一巻ではほんとおまけ程度。顔を見せない男女の秘めた恋愛漫画として楽しめるので、是非「マスクを取る」ことのセクシャリティから産まれる、奥ゆかしい青春のドキドキを楽しんでみてほしい。
©相原瑛人/ファンギルド