2018.05.07
【インタビュー|前編】『空挺ドラゴンズ』桑原太矩 「冒険ではなく、日常ものとして描く」
空を駆り、龍を狩猟して生活する捕龍船「クィン・ザザ号」。そこに暮らす龍捕り(オロチとり)の生活を描いた『空挺ドラゴンズ』は、「good!アフタヌーン」にて連載中のファンタジーマンガである。
5月7日に発売された4巻では、通常版の他に「特装版」も刊行。『空挺ドラゴンズ』の元となった初期ネームや、雑誌のみのカラーイラストなどが掲載されている豪華な仕様となっている。
そこで今回は、『空挺ドラゴンズ』の作者・桑原太矩先生にインタビューを敢行。独創的な世界観を構築する桑原先生の、その原点にも迫るロングインタビューを前後編に分けて公開!
前編では『空挺ドラゴンズ』の制作秘話や、作品に込めた桑原先生の想いについて忌憚なく語っていただいた。
桑原太矩
プロフィール:1985年5月20日生まれ。北海道札幌市出身。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科を卒業。2010年アフタヌーン四季賞にて『鷹の台フリークス』で佳作、2011年同賞にて『ミミクリ』で準入選を受賞。『とっかぶ』全④巻刊行。現在、「good!アフタヌーン」で『空挺ドラゴンズ』を連載中。
(取材・文:かーずSP/編集:コミスペ!編集部)
龍のイメージは海洋生物から
──『空挺ドラゴンズ』が連載されたのはどういうきっかけからだったんでしょうか?
桑原太矩先生(以下、桑原):前作の『とっかぶ』が学園ものだったので、大きく路線変更したものとして『空挺ドラゴンズ』の元になるネームを描きました。空から降りてくる大きな生き物を解体する絵だけが先に浮かんできて、その絵からイメージを膨らませていったんです。
──4巻の特装版に載っている初期のネームがこちらですね。
桑原:はい。空から死んで、降りてきた龍を解体してして暮らす人々。それを龍を地上で待つんじゃなくて、空に狩りに行く能動的な話にしたのが、『空挺ドラゴンズ』になりました。
──「龍と戦って倒す」という着想について。『モンスターハンター』のようなゲーム文化の影響はあったのでしょうか?
桑原:あまりゲームは遊んでなくて、『モンスターハンター』もやったことがないんです。うちは二世代遅れてゲームが入ってくる家で、友達がプレイステーション2の時にスーパーファミコンを遊んでいたみたいな(笑)。『ファイナルファンタジー6』などは遊んだんですけどね。
──ドラゴンの出てくるファンタジーなので、ゲーム文化が影響していると思ってましたので意外です。例えば火裂矢(ボムランス)は『モンハン』のガンランスからきてるのかなって。
桑原:ボムランスは実際に捕鯨の道具として存在するもので、そこからですね。もともと『指輪物語』や『ハリーポッター』みたいな西洋のファンタジー作品にもほとんど触れてこなかったんですよ。「竜」じゃなくて「龍」って漢字にしているのは、初期ネームが和風ファンタジーだったので、それを引きずっているからです。
──この世界の龍は、翼で飛ぶのではなく「震臓」という器官で浮いているという設定もグッときました。
桑原:大きな図体だと翼の揚力では飛べないだろうってことは、前から思っていたことでした。なので巨大な龍が空を飛ぶとしたら、泳ぐようなイメージで、不思議な動力で浮いているという形になっています。
──いろんな形態の龍が出てきます。デザインについてはいかがですか?
桑原:海洋生物を見ながら考えることが多いですね。クラゲやウミウシ、深海魚とかを見て参考にしています。厳密には違いますが、水中は重力から解放された世界に近いので、空を浮かぶ生き物に形状が当てはめやすいんです。
──3巻に登場した、龍の赤ちゃんもクラゲっぽかったですね。龍のデザインで気をつけている点はありますか?
桑原:あまりカッコよくしすぎないようにしています。どこかに愛嬌を入れたり、歪な形状を少し残すほうが記憶に残るんじゃないかと思っていまして。
細かいトゲトゲまでディティールが描かれていると、全体のイメージが似たり寄ったりになって印象がボヤける気がするので、ちょっとダサい方が印象に残りやすいかなと思ってデザインしてます。
『空挺ドラゴンズ』は冒険ではなく、日常もの
──龍を料理して食べることも本作の特徴的な要素ですよね。
桑原:狩る人々を描くなら、ちゃんと食べるところまで描かなきゃいけないだろうと思って、グルメ要素は後から追加しました。初めに担当編集が言ってくれたのは、「ゴリゴリのファンタジーで、ゴリゴリの仕事をさせる日常マンガにしよう」って。これは冒険ではなく、龍捕り(オロチとり)を描く日常マンガなんだと。
単行本に掲載しているレシピもそこなんですよね。解体してご飯を食べる。誰と食べるかも含めて日常の出来事です。起きて、仕事して、ご飯を食べる。その延長線上にグルメ要素があるんです。
──レシピも本格的なのですが、料理に興味はあるんでしょうか?
桑原:料理はしますね。
(※ここで、桑原先生のスマホから、手料理の写真が数多く出てくる。)
──これが全部ご家庭の料理ですか! 盛り付けも料理屋みたいで、すごく美味しそうです。
桑原:担当編集にはカツレツをご馳走したり、パイを焼いたこともあります(笑)。
レシピでは空想の調理方法や食材など、もっとファンタジー寄りにすることもできたんです。でもそれだと地に足がつかなくなるという直感で、龍の肉以外は実際に作れるレシピにしようって決めました。
たまにTwitterなどで、「龍のお肉が手に入らないから牛肉で代用しました」みたいに楽しんで料理してくれるのは、すごく嬉しいですね。
少年少女だと成長を描く冒険ものになるから、あえて青年を主役に。
──キャラクターについて深掘りしていきます。まずはミカについて。
桑原:最初にイメージボードを担当編集に見せた時に、「主人公と周りの人たちを描いてください」じゃなくて、「この世界に登場する人物を思いつくだけ描いてください」と言われて描いたんです。私個人としてはジローやタキタを主人公格で考えていたんですが、その時にミカを指差して、「この人を主人公にしましょう」と。
──普通は10代のカッコいい男の子や、可愛い女の子をメインにしますよね。それはなぜだったんでしょうか?
桑原:ジローやタキタを主人公にすると成長物語になって、超えなきゃいけない壁が出てきます。それだと「龍を狩って生活する人たち」の日常から離れてしまいます。ミカを中心に据えることで、周りの登場人物が成長しても日常が描けるんです。これは完全に担当編集の勘の良さですね。
──なるほど。そう考えるとミカはドンピシャでハマりましたね。
桑原:あとは、生命力に溢れているキャラを出したかったんです。ミカは最初、割と棒立ちにさせてしまって、キャラを掴むのに苦戦しました。でも描いていくうちに、しゃがんだり首を前に突き出すことが多くなってきたりと、彼の特徴をだんだん掴めてきて、1話目が完成したんです。
──1巻でミカがヴァニーの胸をガン見しているシーンがあって、龍にしか興味がないと思いきや、女性の体にも反応するのかなって思ったんですが(笑)。
桑原:食欲ばかりで他に興味がないっていうのは、嘘っぽいしキャラクターっぽくなりすぎていると感じました。でも中学生が水着のポスターを見て反応する感じ、思春期の男の子が目で追っちゃうくらいの感覚ですね(笑)。
──そしてタキタ。4巻の特装版の初期ネームにも登場していましたが、この時と今では性格がかなり違いますね。
桑原:はい、初期段階ではツンツンしていたんですが、アホなくらい素直な感じになりました。世界に対してチャンネルを全て開いていて、何でも受け入れるような子がほしかったんです。
──ヴァニーはいかがでしょうか。
桑原:担当編集から、ヴァニーは初期ネームの時からそのまま出してくれって言われました。自立していて、自分でご飯を食べられそうな大人の女性は絶対に必要なのでってことで。
──ミカだけが彼女を「ヴァナベル」って呼ぶのは、二人に共通した過去や、何か含むものがあるのかなと邪推しました。
桑原:同郷とかではないです。愛称を使わずに「ヴァナベル」って呼ぶのはミカの性格上かもしれません。
──ジローは、初期ネームの主人公の設定が受け継がれていると特装版で書かれてましたね。
桑原:もともと主役の一人として考えていた、冒険譚担当の男の子です。ただジローを主人公にして冒険譚にすると、どこかで見たような感じになってしまいます。なのでミカの脇にジローを立たせることで、ちょうど良いバランスになってくれるのかなと。
心は真面目なんだけど、中身が伴ってないキャラクターにしたかったんです。ジローはずっと背伸びをしていて欲しいなって。
──2巻で髪を切ってイメチェンして、カッコよくなりました。
桑原:担当編集から「成長を絵で表現してほしい」ってことで、カーチャとの出会いでジローの中で何かが変わったっていうことをビジュアルで表現しました。
──ゲストキャラで印象に残っているキャラはいますか?
桑原:2巻の「千剖士」のおじいちゃんと女の子は好きですね。
あのでかいハサミは実際に革職人の使う道具として存在しているもので、地元の友人に革細工の職人がいて、色々教えてもらいました。
──あの龍の革のタペストリーといった独特の文化や風習も作品の魅力です。この地域は東洋がモデルなんですか?
桑原:1巻の段階ではジョージア(旧名:グルジア)っていう中央アジアの建造物や土地の感じをモデルにしていました。でもこだわるつもりもなく、場所が変われば別の風習や文化を描いていこうかなと。
時代設定でいうと1850年代から1900年ぐらいの文明の水準です。史実だとガソリン車も出始めている時期で、便利さと不便さが同居している移りかわりの時代が好きなんです。
──人物を描くにあたって注意していることはありますか?
桑原:登場人物の心の声を文字にしないようにしています。モノローグはそのキャラに寄りすぎてしまって、内省的になってしまいます。でも『空挺ドラゴンズ』は群像劇にしたかったので、モノローグで語るよりも、ちょっとした演技で感情を匂わせることに注力しています。
宮崎駿『ナウシカ』があったからこそ、『空挺ドラゴンズ』の絵柄もできた
──作画でのこだわりはありますか?
桑原:前作『とっかぶ』は綺麗な線を描いていたんですが、絵柄を変えました。『空挺ドラゴンズ』では雑な線がいくら重なっても、世界観に合っているからOKって開き直って描いています。
担当編集からも「世界観に合わないから、定規を使わないでくれ」って指示されました。この時代のものは人工物も手作りじゃないですか。なので「定規はそれを殺す」と。
──工業品は存在しない世界だから、彼らも定規で物を作ってるわけじゃないっていう。マンガの『風の谷のナウシカ』も手描きでしたからね。
桑原:宮崎駿先生の影響はめっちゃ受けています(笑)。『風の谷のナウシカ』も、手癖で描いた線がそのままたくさん残っています。それでもいいなって思えたからこそ、『空挺ドラゴンズ』の絵柄もできたんだと思います。
食肉について踏み込んだ3巻では、割り切れない人間の想いを描いた
──読者からの反響で印象的なものはありますか?
桑原:最初にファンレターを頂いたのが小学生の方で、「ミカの変顔が面白かった」っていう感想をいただいて嬉しかったです。あの船の生活が楽しそうと思ってもらえたのと、2巻のジローとカーチャのエピソードは、男性に人気が高いですね。
──ボーイミーツガールものとして、すごく良かったです。
桑原:王道すぎてあまり読者に響かないんじゃないかと不安もありましたが、意外と素直に読んでくれる人が多くてホッとしました。
──1巻の「殺す覚悟のないヤツは 死ぬぞ」ってミカの台詞が、3巻のテーマにもかかってきます。生き物を殺して食べるという摂理についてはどうお考えですか?
桑原:解体して食べることを題材にするならば、このテーマをちゃんと描くことは決めていました。龍の赤ちゃんを出すって決めたときに、ナイーブな部分に踏み込むことを決めたのが3巻です。
でも食肉は悪という考え方は持っていません。生物を取り込むことが生きることなので、そこを否定したら生物を否定することになりますから。
食肉文化はネガティブに語られることが多いんですが、文化として豊かな証拠でもあります。否定的なメッセージや問題提起はなくて、人間が生活する上で、当たり前のことを当たり前にやっているということを描きました。
──タキタは、その考えに向き合って揺れました。
桑原:それでも、どちらかを善にすることはしていません。タキタが「この子を生かすんだ」って気持ちに振り切ってしまうと生きづらくなるから、「私は今回お前を生かすけど、次に会う時は捕るよ」っていう宣言に結びついたんです。
──でもタキタは再会したら、「あの赤ちゃんだー」って泣いて捕まえられないかも?
桑原:人間はみんな、簡単には割り切れないところがあります。捕鯨でもそういうことが起こるそうです。ある船では、親子のクジラは見逃してやろうみたいな。
クジラを捕ったらお寺で供養するところもあるそうで、人間は二面性あるのが普通です。だから、3巻ではどちらかに振り切ったりはしないように表現しました。
インタビュー後編では、桑原先生が影響受けたマンガや映画の数々、創作術など、パーソナリティについても伺いました。こちらも併せてどうぞ!
作品情報
©桑原太矩/講談社