2020.07.14

【インタビュー】『僕の心のヤバイやつ』桜井のりお「読者にも、二人の初恋を追体験してほしい」

中二病の陰キャ男子・市川京太郎と、学園カースト頂点の美少女・山田杏奈。まるで接点がない二人の距離が、偶然にも縮まっていき……京太郎の青春が今、静かに動き出す……!

『僕の心のヤバイやつ』第3巻書影

陰キャ少年と陽キャ美少女の極甘青春ラブコメディ僕の心のヤバイやつ』が、『みんなが選ぶTSUTAYAコミック大賞2020』で4位に選ばれました。

そこで前回のインタビュー(『ロロッロ!』『僕の心のヤバイやつ』桜井のりお「私はずっと挑み続ける!(下ネタも)」)に続き、桜井のりお先生へ二度目の取材を実施!

前回のインタビューから丸一年、大きく関係性が変化した市川と山田の恋心を桜井のりお先生に直接語っていただきました。

(取材・文:かーずSP/編集:八木光平

『王様のブランチ』などマンガ層の外側へ広がり続ける『僕ヤバ』

──このたび「第4回 みんなが選ぶTSUTAYAコミック大賞」で4位に選ばれました。今の率直なお気持ちをお聞かせください。

桜井:読者投票の賞なので、たくさんの方が読んで支持してくださっているのが実感できました。SNSでもすごく熱い応援をいただいていて、とても嬉しいです。

──『みつどもえ』『ロロッロ』と『僕ヤバ』では、反響の違いを感じますか?

桜井:『僕ヤバ』はストーリーものなので、「今後どうなるんだろう」って感想が新鮮です。今までは1話完結のギャグだったので、これからの展開を楽しみにしてくれているのが、今までと違うなって。

──最新話が配信されるたびにTwitterでトレンドに入るくらい、注目度の高さが伺えます。

桜井:反響があるのは嬉しいんですけど、プレッシャーが大きくなる不安と、両面あります。毎回トレンドに入っていると、いつか入らなくなるんじゃ……みたいな。

──市川みたいなネガティブ思考をしちゃうと。

桜井:ちょっと怖くなっちゃうところもありますね。

──45話で『王様のブランチ』ネタがあって、その数週間後に番組で特集されました。これは事前にお話があったからですか?

桜井:もちろんこれはまったくの偶然です(笑)。『王様のブランチ』はよく見ていましたので、ブックコーナーでいつか取り上げられないかなー? とは思っていましたけど、まさか本当に出るとは(笑)。

──他にも産経新聞に書評が掲載されたり、マンガ界隈以外への波及を強く感じます。

桜井:今まではマンガが好きな人に読んでもらえている感触はありましたけど、ここ最近は本当に、それほどマンガに触れていない方にも読まれ始めているのかなって感じています。

心の動きを描くことは、私自身の気持ちや感覚を晒す感じ

──TSUTAYAコミック大賞での読者からの投票コメントでは、「繊細な感情が好き」という意見が非常に多かったです。

桜井:心の動きを描くことって、私自身の気持ちや感覚を晒す感じなんです。「これって共感されるのか?」「自分が正しいのかな?」って不安でしたので、読者さんに伝わっていて安心しました。

──『ロロッロ』のようなギャグ物ではないところで、伝わるかどうかが難しいと。

桜井:ギャグって共感じゃなくて、ハチャメチャなことが面白いってことなので。感情を共感されるようにマンガを描くのは初めてでしたから、自分の感覚が合ってるかどうかが不安だったんです。

──現在は、その不安もなくなりましたか?

桜井:今もあります。市川に感情移入してくれている読者さんが大勢いるから、ちょっとでもおかしな行動をしたら「あれ?」って思われるんじゃないかなって。

──不安になって説明しすぎちゃうような強迫観念が出てくることはあるんでしょうか?

桜井:最初はまったく説明しない感じでネームを描いて、後から見直して「分かりにくいな」って部分を補足しています。なので、説明しすぎるってことはありませんね。

分かりにくさでいうと31話のLINEを交換する回のラスト。結局市川と山田がLINEを交換したかどうかが分からないので、おまけで描いてほしいって担当編集さんから言われた記憶があります。

──それがオマケでの「ねぇ、ちゃんとやってる?」って引っかけネタに(笑)

桜井:マンガクロスに掲載された時は、アオリに「早く交換しろ!(してない)」みたいなことが書かれていて、LINE交換していないことが明らかなんですけども、コミックスだとアオリ文がないので、そこはちゃんと描いた方がいいなって。

担当編集:そうしないと3巻最後のエピソードに繋がっていかないんですよね。でも『僕ヤバ』は、よほど分かりにくい時を除いては修正をお願いすることはありません。ネームの段階で、ほぼ最終形態に近いものが来るんです。本当に編集者としてそれでいいのか? って僕も葛藤があって、毎回何かツッ込めることはないか、必死に探してはいるんですけど(笑)。

ネームの時点でここまで仕上がっている

──それくらいの完成度の高さということですよね。

桜井:あと、読者の中で意見が割れていると感じたのは、LINEの回で、山田が石室くんと同じマンションだから「親同士が仲良いんだ」って市川に聞こえるように言っているシーンです。

「石室くんとは別に仲良くないよ」って事をアピールしているのか、市川に嫉妬させようとして発言しているのか、これはどっちの意図なんだろうって。

──その答えを今お聞きするのは、やっぱり野暮ですかね?(笑)

桜井:そうですね、解釈が割れていても、考えてもらえているのが嬉しいので(笑)。分かりにくいのはちょっと反省してるんですけど。

マイナス思考を否定せず、「そのままがいい」と認めてくれる存在を描く

──山田の「LINE交換したい」って意図がなかなか市川に伝わらないのがもどかしくて、市川の鈍感さにやきもきしました。

桜井:市川は鈍感な時もあるし、敏感すぎる時もあるし、そこのさじ加減は難しいですね。鈍感っていうよりも、気づきつつも認められない心の葛藤を描きたかったんです。

──3巻の42話で、疑心暗鬼になった市川くんが引くところも、敏感すぎるが故のこじらせ方をしてしまっています。

桜井:山田のことが好きだけど、どうせ自分には手に入らないからって、悪い方へ勝手に解釈しちゃう。そういう心の動きって、多かれ少なかれ誰でもあると思うんです。

──先生ご自身も、イソップ寓話の「酸っぱい葡萄」みたいなことがあるんですか?

桜井:「別にいらないし?」みたいな(笑)。本心では欲しいのに、「まぁ、いらないかなー?」みたいな斜に構えてしまう時はあります。

──市川のネガティブ思考でいうと、46話でファッション論を熱弁したことを後悔して「やらかしポイント」(やらポ)って自己否定してしまう。深く考えすぎちゃうみたいな。

桜井:この回はやらポをぶち込みました。私もよくやらかすんです、コーヒーを頼む時に注文させてしまう感じとか、すごく辛いっていう(笑)

──読者の投票コメントで「市川のマイナス思考に共感する多くの人が、また同時に山田に救われている」というご意見もいただきました。

桜井:そうですね。マイナス思考を否定するんじゃなくて、「そのままがいい」って言ってくれる存在が描きたいですね。マイナス思考になっている市川って可愛いところがありますので。

──40話では「観られる」自分になる「よう善処する」ってカッコいいところをたまに見せるのが、すごく効いていると感じます。

桜井:ストレートには決心してはいないけど、市川なりに「将来はこうなりたいな」って考えている部分を持っています。そこはうっすらと読者の方にも想像してほしいと思っています。

山田の顎クイに作者も驚愕「えっ!? 山田?」

──次の投票コメントです。「陰キャと陽キャが徐々に交わっていくのがたまらない」「甘酸っぱい距離感は青春そのもの」といった声があります。二人の距離感が近づいていく様子を描くことについて伺えればと。

桜井:どのくらい近づけるべきかって距離感の塩梅は大変ですね。私が考えている以上に、山田が市川を好きになるにつれて、どんどん近づいてしまうんですよ。

私としては、山田にはもうちょっと慎重にやってほしい(笑)。そんな思惑があるんですけど、山田の方から勝手に市川に近づいてしまうことが最近出てきています。

──作者も予想していなかった、山田の行動力。

桜井:なので当初想定しているよりも、早いペースで二人が近づいている感じがします。たぶん、山田は考えるよりも先に動いちゃうタイプなんだろうなって。でも動いちゃうけど後で反省するみたいな。そういう感じがいいなーって思います。

──最初の頃と最近では、山田の描き方は変化していますか?

桜井:性格的な部分は変わっていないんですけど、山田が恋をして、どんな風に動くかは、私も想定はしてなかったので、自然に任せています。
46話のカフェの回で、最後に山田が顎クイするじゃないですか。ここが自然に出てきて、私も「えっ!? 山田?」って驚きました。

(一同笑)

桜井:ちょっと本当、なんていうか……、「山田、いったなー!」って客観的に思いました(笑)

「山田、いったなー!」

──山田だけじゃなくて「市川も可愛い」という投票コメントが多かったです。

桜井:そこは市川を見守りたくなるような存在として描いているところが、気に入っていただけたんだと思います。

──恋する男の子を可愛く描くコツはなんでしょうか?

桜井:なんでしょうねぇ?……んーちょっと難しい……男の子に限りませんが、基本的に相手のことを常に考えちゃう部分ですかね。

相手が目の前にいなくても「この場面だったら、あの人はどうするんだろう?」とか「今頃何してるのかなー」って、常に相手のことを考えてしまう。そんなところが男女問わず可愛いですよね。

──市川の中二病は最初よりもマイルドになっているように見えます。山田がいい影響を与えているんでしょうか?

桜井「中二病が治っていく」というのは初期のテーマだったんで、はい、そこは想定内ですね。

──と言いつつ、3巻のおまけで「ついに殺るのか…」って、治りつつあるけど根っこは深い感じもします(笑)。

桜井:そこは、市川が自分のことをそこまで信用してないんでしょうね。

──右目を隠してるのも中二病の影響なんでしょうか?

桜井:ちょっと変わり者を気取りたいとか(笑)、そういうのはあるんでしょうね。

──メガネとか、オタクっぽい外見にはしなかったんですね。

桜井:メガネは単に好みの問題で、今までに描いたマンガでも、そんなにメガネキャラって出てきてないと思います。

あと市川って、どこかカッコつけみたいなところがあって、そんなにオタクっぽくない方がいいのかなって感じです。

──テレビにあまり山田が映らなかったことに、ちょっとホッとしている市川。独占欲が意外と強いんでしょうか?

桜井:独占欲よりも、自分しか知らない山田を全世界が知ってしまう恐怖の方が強いんだと思います。彼みたいな性格だとマイナー好きになるから、それがメジャーになると悲しいって感覚があるんでしょうね。

──47話の試着室の回、下着姿がここまでマンガで描かれるのは初めてかなと思ったんですが。

桜井:『僕ヤバ』に限らず『ロロッロ!』も同じなんですけど、絶対に下着を描かないって決めているわけではないので。ここのシーンは、隠すと逆に不自然になっちゃうかなーと(笑)。必然性を一番大切にしています。

──個人的にエッチだと思ったのは、22話で山田のレインコートを開けて、お腹に財布を入れるところです。

桜井:あの無言の感じ(笑)。あそこはねっとりと、無駄にコマを多くして描写しました。

『僕ヤバ』を描くことで、人間関係の付き合い方に答えを出したいNEXT

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