2019.05.23
【特別対談】『青野くんに触りたいから死にたい』椎名うみ × 『ハピネス』押見修造 インタビュー!【前編】
「ひとつになりたい」と「ひとつになれない」は表裏一体
椎名:今回、押見さんと会えるので、もう一度押見さんの漫画を読み返そうと思って。三日間くらいずっと読み続けて、押見さんのことを考えていたんです。
それで、先ほど「読者と主人公を一体化する」と言いましたが、漫画の中でも、「ひとつになる」というのが押見さんのテーマになっているなと思ったんです。
押見:そうです。ひとつになりたいですね。
椎名:ひとつになりたいと思わないと、ひとつになれると信じていないと、こういう漫画は描けない。麻理のオナニーシーンを見た時は、「主人公がミューズとひとつになって、ミューズとセックスしたんだ!」と思いました。
──先ほどおっしゃったように、主人公が読者とひとつになったのと同時に、「主人公とミューズがひとつになった瞬間」でもあったわけですね。
押見:ただ、ミューズと自分はひとつだという喜びにもなりますけど、結局「全部自分」っていうことにもなり得るんですよね。他者がいない。
主人公の世界を読者に注入するだけじゃなくて、他者を描きたいんですけど、他者が見つからない漫画しか描けていなくて。『ハピネス』では他者を試みとして描いたところはあったんですけど、結局描けなかった。
椎名:私は、押見さんが徹底的にひとつになることを描いていらっしゃるのが、とても素敵だと思います。
押見:これでいいんですかねえ。
椎名:そのまま機関車のように走っていっていただきたいです……だって押見さんにしかできないことだと思うんです!
押見:勇気が出てきました(笑)。
椎名:私には、「ひとつになれない」というのがずっとあるんです。たぶん……「ひとつになりたい」と「ひとつになれない」というのは、神経回路の違いだけで同じだとも思うんですが。
押見:表裏一体なところもある。
椎名:あると思います。
押見:青野くんと優里ちゃんは、ひとつになりたがっているじゃないですか、すごく。でもひとつになることの残酷さを、椎名さんは繰り返し、繰り返し描きますよね。
椎名:はい。押見さんも、ひとつになりたいということを描きながら、ひとつになることの暴力性をずっと描いていますよね。
押見:それを自覚できたのは最近なんですよ。『血の轍』で母親のことを描き始めて、自傷行為的にひとつになりたがっているんだなと思うようになって……本質的な話をし過ぎですかね? でもおもしろいからいいや(笑)。
僕が『青野くん』を読んですごいなと思ったのは、漫画自体が「1つの人格」のようになっているところなんです。お話が、優里ちゃんの精神世界の投影というふうにも読めますよね。頭の中が出来事に作用している感じがして……それが恐ろしくもあり、すごいなと。
もちろん優里ちゃんとか青野くんに感情移入して読むこともできますけど、メタ構造的になっているというか、もうちょっと大きい枠組で描かれている。なんでこんなふうに描けるんだろうと思っていたんですが、今日お会いして、たぶん天才なんだなとわかりました(笑)。
椎名:とんでもないです!
押見:「四ツ首様」の話になってからは、優里ちゃん以外にも幽霊が見える人が出て来たじゃないですか。
押見:優里ちゃんの世界だけではなくて、もっと広い、本質的なところを描こうとされているんだなと受け取ったんですよね。他者の、いろんな人間の主観が交錯するような描き方をされている。僕がやろうと思ってできなかったことなので……。
椎名:メタ構造的になったり、他者を描いてしまうのは、やっぱり私が「ひとつになれない」からだと思います。
押見:なるほど……。
椎名:私、押見さんの描かれるミューズが大好きなんです。ミューズの描かれ方としてよくあるのは……エンターテインメントとして悪いことだとは思っていないんですが、主人公にとって都合の良い存在として描かれることが多いですよね。でも押見さんの場合、主人公もミューズとして描かれていると思うんですよ。
押見:そうですね。
椎名:最初は、憧れのミューズがいて、みんなに都合よく消費される存在でもある。だけど、どんどん主人公がミューズたちにとってのミューズとして……都合よく消費されてしまう側の存在として、描かれていく。
『惡の華』を読んで、すごくそう思ったんですよ。その後に描かれたのが『ぼくは麻理のなか』の、先ほどから言っている、主人公がミューズになったあのオナニーシーンですよね。
押見:むちゃくちゃうれしいです……ありがとうございます。
椎名:そのミューズの正体にどんどん迫っていったのが『ハピネス』だと思っていて……『ハピネス』のミューズはノラですよね。
──『ハピネス』は人間の血を吸う謎の少女・ノラに襲われた主人公・誠が、ノラと「同じに」なり、苦しみながらも二人で生きようとします。
椎名:ノラが血を吸うコマが、超好きなんですよ。最高ですよね。
ノラが主人公にしたことは「消費」じゃないですか。今までは間接的にそれが描かれていたのが、ファンタジーにすることで直接的に描かれるようになった。主人公はノラに犯されて、殺されて……そのあとに笑ったノラが美しいんです。これ、主人公の目線ですもんね。
押見:はい、主人公からの視界ですね。
椎名:そこからさらにミューズの正体があらわになったのが、『血の轍』のお母さんなのかなと。
押見:全然自覚していませんでしたけど、そうかもしれないですね。『ハピネス』は、自分でもなぜ描くのかわからないまま描いていたようなところがあって。ほかはわりと自覚的にテーマを持って描いていたんですけど、描きながら探っていったような漫画でした。無意識の産物というか。今言われてみて、なるほどなと思いました。
椎名:主人公が見た夢みたいです。
押見:あ、そういうことだと思います。
椎名:『ハピネス』は暴力を許したい話で、『血の轍』は暴力を許さない話だと思ったのですが……。
押見:まだ許すかどうかは、わからないですね。今のところ自分の感情としては「許せない」なので。「許せない」の内訳を読者の人にわかってもらうために、1からずっと説明している段階ですね。説明し終わった後に、許すかどうかはまた別に描く、という感じでしょうか。
椎名:すごく楽しみです。
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