たまちゃんは、たまらないですね（たまだけに）

──川井先生が『スロウスタート』を読んだのはいつごろですか？

川井：きらら本誌に載っていた『スロウスタート』の第1話です。カラーページだったんですけど、それまでのきらら作品では見たことがないような淡い色合いで、すごく綺麗だなと思ったのを今でも覚えています。

──まず、絵が強烈に印象に残ったと。

川井：そうですね。当時の私ははじめに絵から入る癖があって、『スロウスタート』もそこから好きになりました。話の構成も、ちょっと不穏な感じで始まるところが珍しいと思いました。

──他のきらら作品とは違う雰囲気があるという共通点から、『甘えたい日はそばにいて。』と『スロウスタート』の合同フェアも開催されましたよね。今回、この対談を企画したきっかけのひとつでもあります。

篤見：きららの作品って、シンプルにかわいいというイメージが強いけれど、決してそれだけじゃないとアピールするのが目的だったと担当さんからは聞いています。『甘そば』のように法律で禁止されたせつなくて危険な恋とか、『スロウスタート』の栄依子と榎並先生のような女子生徒と女教師のきわどい関係とか。

──栄依子と榎並先生のエピソードの多さは、もはや主人公の花名を上回る勢いですが、これほど出番が増えることは想定内でしたか。

篤見：いえ、個人的には好きな組み合わせでしたけど、主人公はあくまでも花名なので、そこまで目立たせるものじゃないと思っていました。どうしてこんなに描くことになったかといえば、当時の担当さんの影響が大きいですね。

栄依子と榎並先生（どうしてこうなった）

その方が栄依子と榎並先生のペアをすごく気に入ってくださっていて、ネームの食いつきからして全然違ったんですよ。ネームを送ったら即電話がかかってきて、「感想を話さずにはいられませんでした！」みたいな（笑）。

それで、これほど好きになってくれる人がいるなら、もっと描いてもいいのかなという気持ちになってしまったところがありますね。担当さんは最初の読者という言葉もありますし。

──川井先生の、『スロウスタート』の好きなキャラ、好きなシーンを挙げていただけますか？

川井：実は今日、『スロウスタート』の話もするということで全巻持ってきました。

篤見：わ、付箋がいっぱい……！ ありがとうございます！

川井：愛が重くてすみません……（笑）。好きなキャラは、栄依子ちゃんと榎並先生の組み合わせも最高ですけど、ひとりに絞るならたまちゃん（百地たまて）でしょうか。たまちゃんはたまらないですね、たまだけに……！（笑）。

『スロウスタート』のキャラクターはみんないい子ですけど、特にたまちゃんのさりげない気の使い方がツボなんですよ。4人で歩いていて、後ろにいる花名ちゃんに話しかけるときにちゃんと振り向いて様子をうかがうところとか。本人は無意識にやってるんでしょうけど、優しい子だなって思いますね。本当に大好きです。

篤見：そこまで言っていただけて、めっちゃ嬉しいです。たまてはグイグイいくタイプだけど、他の子が嫌がることはさせないようにしようと気をつけています。例えば、胸の話をしているときでも、いきなり胸を触ったりはしないとか。

川井：あと、たまちゃんはいつも笑顔なぶん、普段と違う表情を見せられるとドキッとしますね。栄依子ちゃんたちに褒められて珍しく照れたりしていると、もっと褒めてあげて！ って思っちゃいます。

たまてをもっと照れさせたい

──付箋が貼られているページも、たまてが登場するシーンが多いのでしょうか。

川井：これでも結構間引いてますけど、やっぱりたまちゃん関連が多いですね。それ以外だと、3巻の花名ちゃんとお母さんが話をしている回がお気に入りです。

花名の成長がうかがえる一幕

浪人していたときは引きこもって泣いてばかりいた花名ちゃんが、今は友達もできて元気に学校に行っていて、お母さん目線で本当によかったねってしみじみ感じました。7コマ目の花名ちゃんもすごくかわいいです。

──花名は「中学浪人をしている」という秘密を抱えていますが、おふたりにも仮に秘密があったとして、それを誰かに打ち明けることはできますか？

川井：秘密の重さによりますが、家族や身内ならともかく、他人だと言いにくい気がします。

篤見：話したことで、もしかしたら向こうが面倒くさいことに巻き込まれたりするかもと考えると、話さないほうがいいかなと思ってしまいますよね。

川井：相手側も秘密を打ち明けてほしいと思っているならともかく、自分が一方的に吐き出してスッキリさせたいというのは、ちょっと違うんじゃないかなと。

どれだけ信頼していても、言えないことはある

──同じように考えて、花名も自分の秘密を栄依子たちに言い出せないわけですが、打ち明けるタイミングは来るのでしょうか。

篤見：一応、その話も描く予定はありますけど、いつになるかはまだ私にも分かっていなくって。実は、現時点でもすでに、連載前に考えていた展開とはだいぶ違ってきているんです。

ゴールへの道筋はぼんやりと決まっているけれど、急いでそこに向かうのではなく、少し立ち止まって道端に咲いている花を愛でるのも悪くないというか。タイトルの通り、ゆっくり楽しんでいただけると幸いです。

楓さんの手、大きくなってませんか？

──この機会に、お互いの先生に聞いておきたいことはありますか？

篤見：『甘そば』の話になりますが、3巻表紙の楓さんの手、1巻のときよりも大きくなってますよね。あれは成長したということですよね？

川井：はい、成長したという設定です。背はほとんど伸びてないんですけど。

『甘えたい日はそばにいて。』1巻書影

篤見：前はひなげしさんと同じくらいだったのに、身長はそれほど大きくなっていなくても、完全に大人の男性の手になっていて、かっこいいこだわりだな！ って思ってました。

川井：ありがとうございます。ジャンル的にも、ひなげしたち女性キャラについて言及されることが多いので、まさか楓のほうに注目していただけるとは……！

篤見：1巻のときは「イラストの楓さん寝すぎ」って思ってましたけどね（笑）。

川井：実際、やたら寝てますからね。1巻の表紙でも寝ていて、口絵でも寝ていて、合同フェアのイラストでも寝ていて、2巻冒頭の第10話の扉絵でも寝ていて。

篤見：別に居眠りキャラではない気がしますけど、理由があるんですか？

川井：物語の真相を知らないキャラということで当時の私は彼を寝させたんじゃないかと。ひなげしとは見ている世界が違うという意味で。なので、事情を知っていく3巻の表紙では起きてます（笑）。

カラーページではやたらと寝ている楓

川井：私からの質問ですが……、篤見先生の好きな色ってなんですか？

篤見：え、そういう質問？（笑）

川井：さっきも言いましたけど、本当にカラーがお綺麗で、自分にはない感性だなと思っていたので知りたくて……（笑）。

淡い色合いが特徴的な『スロウスタート』のカラーイラスト

篤見：やっぱり、原色よりはパステルカラーのほうが好きかもしれませんね。本当はもう少し濃く塗りたいんですけど、なぜか薄くなってしまって。今はデジタルで描いているので、色の部分だけレイヤーで重ねて濃くすることもあります。

川井：私は逆に、淡い色を塗れるようになりたいんですけど、どうしても濃くなってしまうんです。篤見先生のカラーは、甘いお菓子みたいなイメージがあって憧れですね。淡く綺麗な色を保ちながら、存在感がある絵を描けるのがすごい事だと思うんです。

──コミスペ！の他のインタビューでも聞いている質問なのですが、おふたりの今おすすめのマンガをぜひ教えてください。

川井：『父とヒゲゴリラと私』は、作品全体の空気感とか、完結に向けての展開とかが大好きでした。

お母さんに先立たれた父娘と、お父さんの弟という少し変わった組み合わせの3人の物語なんですけど、キャラクターたちのやりとりが温かくて、かつギャグも面白くて。自分もこんな4コマを描けるようになりたいと思いながら読んでいました。

──『父とヒゲゴリラと私』も、広い意味では立場の違う人同士の関係性を描いた作品だと思いますが、『甘そば』の参考にされた作品のひとつなんでしょうか。

川井：『甘そば』より、『幸腹』のほうが影響を受けているかもしれません。家族が亡くなっているという設定も共通するところがありますし、4コママンガの技法の面でも参考にさせていただいたと思います。

篤見：私のおすすめは……やっぱり『はねバド！』です！

──『はねバド！』のスピンオフ4コマも描かれていましたもんね。オファーを受ける前から読まれていたんですか？

篤見：はい、昔からめちゃくちゃ好きな作品なので大喜びでお引き受けさせて頂きました。まず絵が最高ですし、お話も最高ですし、決して仲良しグループではないけどちゃんと人間関係を形成できているところが読んでいて心地いいんですよね。

強いこだわりが生まれるまでは、変化し続けたい

──おふたりは今日が初対面だったとのことでしたが、お互いの先生への印象はいかがでしたか？

篤見：担当さんに川井先生のことを聞いたとき「いい人ですよ」って3回くらい言ってたんですけど、本当にいい人でした！（4回目） お若いのに、しっかりしていて真面目で。

川井：とんでもないです……。私も、前に『スロウスタート』の制作現場レポートマンガを描いたとき、スタッフのみなさんがすごく嬉しそうに篤見先生の話をしていたのを思い出しました。この方の話をしていたら、たしかにほっこり笑顔になってしまうだろうなと。

マンガの話にしても、どこに注目するかなど自分とは全然違っていましたし、今回『甘そば』の感想を直接お聞きできてとてもありがたかったです。今日は特別な思い出になりました。

──最後に、次回作の構想もお聞きしていいでしょうか。

川井：具体的にはほとんど決まっていませんが、色々新しいことを試すつもりです。『幸腹』から『甘そば』のときもだいぶ作風を変えましたし、自分の中で強いこだわりが生まれるまでは変化し続けていきたいと思っています。

──篤見先生は、川井先生にこんなマンガを描いてほしいというリクエストはありますか？

川井：それを聞いちゃったら、描くしかないですね（笑）。

篤見：私はもう、先生が描いたものをただ読むだけなので……。強いて言うなら、つながりを感じられる作品をこれからも読みたいですとお伝えしておきます。さきほど話した楓さんの手が大きくなっているのもそうですし、最終回のタイトルと1コマ目が横につながっているのにも感激しました。こんな4コマの描き方もあるんだ、って。

川井：ありがとうございます。そういった小ネタを仕込むのは私も好きなので、今後も続けていけたらと思います。

篤見：もちろんなくてもいいんですけど、読者としてはあると嬉しいですよね。何度も繰り返し読む楽しさが生まれますし。

川井：つながりという意味だと、先々月号のきらら（2019年4月号）の『スロウスタート』が私大好きなんです。巻頭カラーの扉絵で栄依子ちゃんが笑ってましたけど、表紙の花名ちゃんたちを見て笑っているように見えて。

変顔で写真を撮る花名たちと、爆笑する栄依子

ページをめくるという行為があるマンガならではの面白さといいますか。そんなおまけ感がある作品を私も描いていきたいです。

──本日はありがとうございました！

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