2018.02.16
性別が変わると興奮する!? 知られざるTSマンガの世界 〜『幼なじみは女の子になぁれ』森下真央インタビュー
物語中でキャラクターの性別が変わると興奮する人たちがいるらしい。
……いや、何を言っているのか分からないと思うが、そういう読者が実際に一定数いるらしいのだ。そして、そういう方々の喜ぶ作品は「TSもの」と呼ばれているのだという。
というわけで、なんだかイマイチよく分からないTSの世界を知るため、われわれ取材班は『幼なじみは女の子になぁれ』(講談社)などでTSマンガ家として知られる森下真央先生のアトリエを訪れた。
知られざるTSマンガの世界
───こんにちは、TSのことが全く分からないのでお尋ねしに来ました。早速ですが、TSってなんなんですか?
森下:TS……それはtranssexual。もしくは、TSF(transsexual fiction)とも言います。性別の変化をテーマにした物語作品のことですね。
───ふーむ……? 最近、三国志の武将を女の子にしてる作品とかありますけど、ああいうのですか?
森下:いえ、違います。それは「女体化」の一種ではありますが「TS」ではありません。より正確に言えば、それは“先天性女体化”です。
───はい?
森下:たとえばワンピースで言えば、「もしルフィが生まれつき女の子だったら」は先天性女体化です。TSとは「ルフィがある日突然、女の子になったら」というものです。
───むむ……。しかし、先天性女体化とTSで一体何が違うんですか? どっちも性別が変わってるのは同じだと思うんですけど。
森下:いや、考えてみて下さい。生まれつきの女の子だったら慌てる必要がないじゃないですか? 男だった自分が突然女の子になってしまう。そこに生まれる恥じらいや戸惑いにこそ興奮するんです。ていうか、あなたの『戦闘破壊学園ダンゲロス』がまさにTSですよ。
───えっ!?
森下:ほら、これ。
───あ、ホントだ。性別が変化して戸惑ってる……。
森下:あなたのダンゲロス、こちらの界隈では既にTS作品として認知されてますからね。
───そ、そうだったんですか……ありがとうございます……。あ、でも、なるほど。自分の肉体が変化する時のキャラの戸惑いこそ、TSファンが求めているものなんですね。
森下:あ、いえ、違います。それは僕の個人的な性癖です。
───ええぇぇ……。
森下:より正確に言えば、それがTSの魅力の全てではない、ということです。ファンがTSをどのように楽しんでいるかは、だいたい三種類に分類できると言われてまして。僕なりに分かりやすくまとめるなら、だいたいこんな感じになるでしょうか。
森下:つまり、僕は客観派俯瞰主義に属し、キャラの戸惑いや困惑に萌えているわけですね。しかし一方で、主観派のような萌え方もありますし、同じ客観派でも別の視点から萌えることもできます。TSの萌え方は千差万別です。しかし、それに関しては、先にTSというジャンルがさらにいくつかの系統に分かれることをお話した方がいいかもしれませんね。
───は、はぁ。(これは話が長くなりそうだぞ……
TSの6系図
森下:さて、こんなこともあろうかと今日はこういうものを用意しておきました。
───は、はい……。(どこかで見たようなものが出てきた)
森下:TSの分類の仕方についてはいくつかの考え方があるのですが、架神さんに分かりやすいように代表的なものを6つ選んで図にしてみました。もっと少なく分ける人もいれば、もっと多いと考える人もいるかとは思いますが、6つにするとほら、収まりがいい気がしますし。
・性別変化系
森下:最も分かりやすいのは“性別変化系”ですね。元の性別のときの面影を残したまま、別の性別へと変化します。一番有名な作品はやはり『らんま1/2』でしょうか。
森下:性別変化系の強みは、元の面影が残っているため、Before/Afterを比べて同一キャラだと分かりやすいことですね。また、そのキャラクターの女の子バージョンが見れるという喜びもあります。
森下:らんまと並べるのはいささか恐れ多い気もしますが、僕の主著である『幼なじみは女の子になぁれ』も性別変化系です。女の子になったことで慌てたり、これからどう生きていくかを考えたり、元に戻るために奮闘したり……そういうところに僕はグッとくるんですよね。
───は、はい……。
森下:性別変化系作品では『ボクガール』『世界の果てで愛ましょう』なども人気ですね。『ボクガール』は女顔の主人公が神のイタズラで女体化させられてしまう話、『世界の果てで愛でましょう』は異世界の王子により主人公が女体化させられて、さらに求婚されるお話です。
・変身系
森下:性別変化系と似ているけど、少し違うのが、こちらの“変身系”です。元の姿からは掛け離れた女の子になってしまう作品です。基本はギャップ萌えです。架神さんのダンゲロスも、いかつい大男が美少女になっていたので変身系に分類されますね。
森下:違うビジュアルに変身した結果、別人のフリをして過ごさなければならない、正体がバレてはいけない、というパターンもあります。これもいろいろあるんですが、たとえば『一年生になっちゃったら』などはそういう作品でした。
森下:高校生の男の子が小学1年生の女の子になる話です。なので、小学1年生女子のふりをしなきゃいけない。自分とは違う女の子の人生を演じなければならない。そういうところにグッと来ませんか?
───う、うん。そうですね……。
森下:ここから派生して、「別の誰かとそっくりになる」というジャンルもあります。“他者変身”とでもいいますかね。
森下:ジャンプでやってた『プリティフェイス』は、主人公がヒロインと同じ顔になるマンガでしたね。これは顔が変わっているだけなので、厳密にはTSではないんですけど。
・入れ替わり系
森下:二者の魂が互いに入れ替わるのが“入れ替わり系”です。大ヒットした『君の名は。』もまさに入れ替わり系でした。
森下:入れ替わり作品は実は男同士、女同士で入れ替わることもあるので、すべての入れ替わり作品がTSというわけではないんですが、その中でも男女の入れ替わりモノは性別の変化を描いているため、愛好者の多いTSジャンルの主戦力の1つといえます。
───ふむふむ。あ、そういえば大林宣彦監督の『転校生』も入れ替わり系ですかね?
森下:『転校生』は入れ替わり系TSの代表的な作品ですよね。入れ替わりファンの人達はとても大事にしているイメージがあります。あと入れ替わり系は比較的実写化しやすいんですよ。俳優が演技を変えることで表現できますからね。
───なるほど、確かに。
森下:あと、物語的にも社会性が強くなる傾向があると思います。本来の自分とは違う人生を歩んでいくことで、自分の気付かなかった世界に気付いていきますから。入れ替わることでお互いの事情を知って関係性が近付いていったりします。人間関係の話に持っていきやすいので女性読者が好みやすいイメージがありますね。
───入れ替わり系はメジャー層にも全然ウケそうですね。
森下:確かにそうなんですけど、一方で、既にたくさんやられているので、既存作品との差別化が難しいジャンルでもあります。なので、描かれる方はそのあたりに気を付けている印象がありますね。たとえば『君の名は。』には“遠距離”という要素が使われているんですよ。
森下:『思春期ビターチェンジ』は“長期間”という要素で差別化を図ってます。これ、小学生の男女が入れ替わる話なんですけど、ずっと元に戻れなくって、中学生編を経て、いま高校生編に突入してるんですよ。ずーっと戻れてません。
───そ、それは大変ですね……。
森下:この作品も着眼点が面白いですよね。腐女子と百合オタ男子が入れ替わるんですが、真逆であるようで共通点が多いことを、入れ替わった二人が知っていくというコミカルなコメディです。
───これもまさに社会性ですねー。
森下:しかし、社会性とか小難しいことも言いましたが、入れ替わり系のTS作品はやっぱり“女の子のフリをする”ところに萌えるのが大きいと思います。頑張って女の子の演技をするんだけど、当の女の子からは「私はそんなことしない!」って怒られるんですよ。どうです、グッと来ませんか?
───あっ、それはちょっと分かります!
・転生系
森下:で、次は“転生系”。これは男が死んで、女の子になって転生するやつですね。
───えっ、これはアリなんですか? 先天性女体化と同じな気がしますけど。
森下:前世で男だった記憶が残ってるから、先天性女体化とはちょっと違うんですよ。ただ、仰る通り、ある程度、女性として長期間生きてきてますから、もう状況に慣れちゃって、性別変化に伴う戸惑いとかの描写が物足りないと感じる人もいるみたいです。
森下:幼女戦記はサラリーマンが異世界の幼女に転生する話です。決してTS萌えをメインに据えたような作品じゃないんですけど、TSしてるだけで僕たち的にはプラスポイントです。
───してるだけで加点される世界!
森下:TS作品はいろいろあるとはいえ、我々ファンの需要からするとまだまだ数が足りていないのかもしれません。そう考えると、僕たちは水を求めてさまよう砂漠の民みたいなものなんですよね。ちなみに、なろう系のWeb小説には転生TSが多いみたいです。異世界転生と相性が良いんだと思います。
・憑依系
森下:男の魂や幽霊が、女の子の体に乗り移るタイプの作品です。乗り移られた女の子に意識が残っているパターンだと、「私の体でなんてことするの!」って反応が楽しめますし、意識が残らないパターンだと「この体で好き勝手やってやるぜ、ぐへへ」って方向になることが多いですね。後者は成人向けの作品に多いイメージがありますね。
森下:『探偵明智は狂乱す』は女子中学生が明智小五郎の霊に憑依されて事件を解決するマンガですが、これなんかが憑依系です。
───なんか、憑依系は変態的な感じがありますね。
森下:男に乗っ取られた女の子、という点に萌える感じですからね。これは女の子が洗脳されるのに興奮するジャンルにちょっと近いかもしれません。もう少し健全(?)な見方をすると、その女の子が本来するはずのない言動や表情をすることへのギャップ萌えもあると思います。
・皮モノ系
森下:そして最後に……実は僕はこれは不勉強であまり詳しくないのですが、“皮モノ”というものがあります。TSの中でもレベルの高いジャンルなような気がしていまして、若輩者の僕はまだそのレベルを習得できていないんですが、それでも僭越ながら解説させていただきますと、女の子の皮を着ぐるみのように着ることで、女の子になるというようなジャンルですね。実際の女の子を皮にして着るタイプの作品と、女の子型の皮を着る作品があるらしいです。
───女の子を皮に?? 他にTSの手段が色々あるのに、なんでそんな過激な手段を選んじゃったんですか……。
森下:本物の人間を皮にすることに背徳的な萌えがあるんだと思います。もしくは、本物の人間由来の皮でない場合も、皮を着て変化していく様に生々しさのような萌えを感じているんじゃないですかね。
───なるほど、レベルが高い。これは基本的には成人向けですか?
森下:そうですね。成人向けがほとんどというイメージはあります。全年齢の皮モノの名作があるのかもしれませんが、僕はあまりくわしくないのでちょっと思い浮かばないです。ただ……あえて全年齢で挙げるなら、『ドラえもん』に該当する話がありましたね。
───F先生ですか。
森下:『フリーサイズぬいぐるみカメラ』というひみつ道具で、のび太がしずかちゃんの皮を着て、しずかちゃんに変身していました。
───さすがF先生。いろいろな性癖をお持ちだ。
©森下真央/講談社, ©森下真央/NINO
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