2019.06.27
【インタビュー】『まちカドまぞく』伊藤いづも「子どものころの自分を満足させられるマンガ家になりたい」
コマの中のキャラクターたちは、みんな何か考えている
──これまでのエピソードの中で、印象に残っているエピソードはありますか?
伊藤:個人的に一番印象に残ってるのは、1巻の第6話でシャミ子が光の玉を出そうとする回。連載を始めてから試行錯誤していく中で、“何か”をつかんだと思えたのがあの回でした。
──第6話は、ニコニコ静画の「きららベース」でも公開されているエピソードですね。
伊藤:5話までは雑誌のカラーを意識しすぎていたというか、きららっぽいセリフを作為的に考えてキャラクターに言わせていたところがありました。初期のシャミ子は「ぽえー」とか言ってますけど、今なら絶対言いませんし。
この6話も、もともとは別の展開にする予定だったんですけど、描いていくうちになぜか桃が怒り出したり、シャミ子が「みんなが仲良くなりますように」って言い出したりして。いわゆる「キャラが立つ」という体験が初めてできたんです。
──キャラが勝手に動くようになったと。
伊藤:そうですね。なので、「頭に浮かんだ文言は全部言っていこう」という桃の言葉はある意味、私自身の考えでもありました。これからは、シャミ子たちに作りもののセリフを言わせるんじゃなくて、この子たちが言おうとしていることをそのまま描いていこうと。
──第6話でシャミ子が魔族としての第一歩を踏み出したように、伊藤先生にとっても重要なエピソードだったんですね。他にはありますか?
伊藤:5巻の終盤でシャミ子がリコくんを説得する回も、別の意味でキャラが勝手に動いてしまった回です。こちらの想定だとリコくんはすんなり納得してくれるはずだったんですけど、全然折れてくれなくて……。あんなに強情な子だとは思わなかった。
あと、4巻でシャミ子が「天沼矛」(あめのぬぼこ)という武器を作ったときも、気がついたらああいう展開になっていました。
──あのシーン、完全に意表を突かれました。数話前の日常回のギャグシーンが、まさか伏線だったとは……。
伊藤:私もびっくりしました(笑)。そこ拾うんだ、って。
──「天沼矛」以外にも、『まちカドまぞく』では序盤のさり気ない描写が終盤で重要なファクターになることが多々ありますが、意図的に伏線を張っているわけではないのでしょうか。
伊藤:伏線というよりは、キャラクターが上手く使ってくれそうな要素を何個か置いておいて、その中からキャラクターたちにどれを使うのか決めてもらうイメージですね。だから、使われずに放置されている小ネタも多いはずです。
──伏線ではなく、素材ということですか。
伊藤:そうですね。さきほど話したように、キャラクターたちには自由に動いてもらおうと決めているので、作者の私ができるのは作中の世界に石ころを置くことだけなんです。それを投げるのか、壊すのか、無視するかは、すべてシャミ子たち次第。
基本的にいつも、単行本1冊の中できれいに区切りをつけたいと思ってるんですけど、その巻の中盤までは先の展開をほとんど考えずに描くことにしています。すると、この子たちが何をしたいのかが自然と分かってくるから、それにあわせて着地点を決めていく。
そして、最後の最後でキャラクターたちが困らないように、終盤で使うかもしれない役に立ちそうなものを前半のうちにできるだけ描いておくという感じですね。こんな行き当たりばったりな進め方なので、事前に提出したプロットと実際の原稿の展開が全然違っていることも多くて、担当さんには申し訳ないです……。
──だからこそ、単行本を一度読んだあとに最初から読み返すと、こことここがつながっていたのかと違った見方ができるんですね。
伊藤:普通にサラッと読むだけでも楽しいけど、読み返すごとに新しい発見もできるマンガが、私も一読者として好きなんです。そういう意味で特にすごいと思ったのが、冨樫義博先生の『レベルE』で。
オムニバス形式の作品で、異世界に飛ばされた野球部員たちがその元凶となった部員を探すという話があるんですけど、結局犯人が読者に明かされないまま元の世界に帰ってくる。だけどじっくり読むと、ちゃんと犯人がひとりに絞れるように描かれてるんですよ。ユニフォームの汚れ具合とか、肌の色、背番号とかで。
正規のストーリーも面白いけど、読み込みたい人はとことん読んでねという、あれは冨樫先生から読者への挑戦状だと感じました。石黒正数先生の作品も似たようなところがありますし、ライトな読者もディープな読者も両方楽しめるマンガが私の目標としているところです。
──目標どころか、『まちカドまぞく』がまさにそういう作品だと思います。実際、ブログやTwitterで熱心に考察されている方も多いですし。
伊藤:本当にありがたいです。私はプレッシャーに弱いので読者の方の感想は自分に直接頂いたもの以外拾わないように心がけているのですが、1巻の第1話で、桃がトラックを止めたときに実は左手を骨折していて、シャミ子に気づかれないよう背中に隠してるんですよね。
担当さんにも内緒で描いていたんですが、ブログでそのことに言及している方がいらっしゃったと担当さんから伺って、バレてしまって(笑)。ちゃんと見てくださっている人がいるんだと嬉しくなりました。
──本当だ、確かに折れてる……。
伊藤:当時はまだ連載になるか決まっていなかったので、ふざけて折っちゃいました(笑)。さすがに治してあげないとかわいそうだから、2話でギプスをはめて、3話でリハビリを始めています。
他にも、コマの後ろで誰かが何かしていたり、前の話で登場した物が部屋に転がっていたり、本筋と関係ない小ネタを描くのは楽しいですね。コマの中のキャラクターたちはみんな何か考えていて、物が置いてある場所にも全部意味があるはずなので。
©伊藤いづも/芳文社